鶴岡八幡宮から直近、観光客で銀座以上に雑踏で賑わう小町通りを、わずか100メートルほど横道をそれたところに、実に、閑静な佇まいの「鎌倉市川喜多映画記念館」がある。
映画好きの私でありながら、初めての訪問で、丁度、しばらくの間は、客が私だけしかいなかったので、十分に楽しませて貰った。
映画そのものと言うよりも、何故か、ポスターを見ながら、その映画を見た当時の懐かしい思い出が、走馬灯のように駆け巡ってきて、しばらく、佇んでいたのである。
まず、川喜多夫妻の映画関係の活躍ぶりが、写真で紹介されていて、マリア・カラスやデイヴィド・リーンなどの姿も見えて興味深かった。



この日の【特別展】は、「ミステリー映画大全集 横溝正史 vs. 松本清張」
会場を入ると、展示場では、横溝正史の「犬神家の一族」など金田一耕助シリーズものの小道具やポスターが展示されていた。
映画館でと言うよりは、テレビで見た方が多いのだが、アガサクリスティーどまりで、ミステリーものには、関心が薄い所為もあって、この方面は、あまり見ていないので知識も薄い。


ところが、松本清張ものについては、ミステリーと言うよりも、社会性に比重を置いた感じの作品が好きで、また、古代史などにつての歴史随想にも興味を持って、結構、小説や著作本を読んでいて、作品も映画館やテレビで観ている。
この特別展のチラシに書いてあるように、
”1950 年代後半、「点と線」をきっかけに一躍ブームとなり、「張込み」「ゼロの焦点」「砂の器」など次々と映画化された松本清張の作品は、ミステリーの要素のみならず、貧困や差別、反権力など、犯罪の背景に潜む社会の奥深さを浮き彫りにし、社会派ミステリーの代名詞となりました。”と言うところが、私にとっては興味深いのである。
山田洋次監督の映画「霧の旗」と、海老蔵のTVドラマ「霧の旗」については、レビューしているが、映画の方は若い頃、歳を経てからは、殆どテレビ作品となった松本清張ものを見ている勘定になる。



今回、この記念館で、無性に懐かしかったのは、映画「砂の器」。
しかし、この映画は、1974年製作であり、私が、アメリカへの留学から帰って、すぐに、サンパウロへ赴任した年であるから、実際に観たのは、そのずっと後、テレビの放映を録画してからだと思うのだが、強烈な印象が残っており、今でも、加藤剛が、コンサート会場で、美しいテーマ曲でもある「ピアノと管弦楽のための組曲 宿命」を、一心不乱に弾くラストシーンを覚えている。
私には思い出なり好きな日本映画が色々あるのだが、この「砂の器」が、最高傑作の一つだと思っているので、今日は、この映画「砂の器」のポスターのある部屋で、ずっと、バックグラウンド・ミュージックとして、この「組曲 宿命」が流れていて、感激の限りであった。
この曲は、芥川也寸志監修で、菅野光亮が作曲、本格的な協奏曲である。


会場には、野村芳太郎監督の自筆の「砂の器 演出ノート」のコピーが展示されていて、冒頭、「此の映画の成功失敗の鍵は、⓵に音楽、⓶に画の面白さである」「此の作品のテーマは、映画のラストシーンが示している如く、親と子とのかかはり合い・・・その宿命である」と言っているから、「組曲 宿命」の果たす役割は大変なものなのであろう。
それに、乞食同然の姿で、ハンセン病を患った父親と幼い子供の二人が彷徨う旅姿の、あまりにも詩情豊かで美しい風景描写の素晴らしさに、涙が止まらない程感動した。
観劇記はともかく、素晴らしい時間を、この記念館で過ごさせて貰った。
映画好きの私でありながら、初めての訪問で、丁度、しばらくの間は、客が私だけしかいなかったので、十分に楽しませて貰った。
映画そのものと言うよりも、何故か、ポスターを見ながら、その映画を見た当時の懐かしい思い出が、走馬灯のように駆け巡ってきて、しばらく、佇んでいたのである。
まず、川喜多夫妻の映画関係の活躍ぶりが、写真で紹介されていて、マリア・カラスやデイヴィド・リーンなどの姿も見えて興味深かった。



この日の【特別展】は、「ミステリー映画大全集 横溝正史 vs. 松本清張」
会場を入ると、展示場では、横溝正史の「犬神家の一族」など金田一耕助シリーズものの小道具やポスターが展示されていた。
映画館でと言うよりは、テレビで見た方が多いのだが、アガサクリスティーどまりで、ミステリーものには、関心が薄い所為もあって、この方面は、あまり見ていないので知識も薄い。


ところが、松本清張ものについては、ミステリーと言うよりも、社会性に比重を置いた感じの作品が好きで、また、古代史などにつての歴史随想にも興味を持って、結構、小説や著作本を読んでいて、作品も映画館やテレビで観ている。
この特別展のチラシに書いてあるように、
”1950 年代後半、「点と線」をきっかけに一躍ブームとなり、「張込み」「ゼロの焦点」「砂の器」など次々と映画化された松本清張の作品は、ミステリーの要素のみならず、貧困や差別、反権力など、犯罪の背景に潜む社会の奥深さを浮き彫りにし、社会派ミステリーの代名詞となりました。”と言うところが、私にとっては興味深いのである。
山田洋次監督の映画「霧の旗」と、海老蔵のTVドラマ「霧の旗」については、レビューしているが、映画の方は若い頃、歳を経てからは、殆どテレビ作品となった松本清張ものを見ている勘定になる。



今回、この記念館で、無性に懐かしかったのは、映画「砂の器」。
しかし、この映画は、1974年製作であり、私が、アメリカへの留学から帰って、すぐに、サンパウロへ赴任した年であるから、実際に観たのは、そのずっと後、テレビの放映を録画してからだと思うのだが、強烈な印象が残っており、今でも、加藤剛が、コンサート会場で、美しいテーマ曲でもある「ピアノと管弦楽のための組曲 宿命」を、一心不乱に弾くラストシーンを覚えている。
私には思い出なり好きな日本映画が色々あるのだが、この「砂の器」が、最高傑作の一つだと思っているので、今日は、この映画「砂の器」のポスターのある部屋で、ずっと、バックグラウンド・ミュージックとして、この「組曲 宿命」が流れていて、感激の限りであった。
この曲は、芥川也寸志監修で、菅野光亮が作曲、本格的な協奏曲である。


会場には、野村芳太郎監督の自筆の「砂の器 演出ノート」のコピーが展示されていて、冒頭、「此の映画の成功失敗の鍵は、⓵に音楽、⓶に画の面白さである」「此の作品のテーマは、映画のラストシーンが示している如く、親と子とのかかはり合い・・・その宿命である」と言っているから、「組曲 宿命」の果たす役割は大変なものなのであろう。
それに、乞食同然の姿で、ハンセン病を患った父親と幼い子供の二人が彷徨う旅姿の、あまりにも詩情豊かで美しい風景描写の素晴らしさに、涙が止まらない程感動した。
観劇記はともかく、素晴らしい時間を、この記念館で過ごさせて貰った。
