丁度、9年前に、この国立小劇場で、「大経師昔暦」を見たのだが、比較的演じられる頻度は低い。
ふとした過ちから、内儀のおさんと手代の茂兵衛が不義密通を犯した故に、逃避行の末に捕縛される悲しい話で、近松得意とするしっかりした大坂女とがしんたれの大坂男の演じる心中物とは違って、男女の哀歓を語ってしみじみとした余韻を残す。
おさん(和生)が、借金の身代わりを買って出て窮地を救ってくれたお礼をと思って、下女の玉(簑紫郎)の部屋を訪ねたら、毎夜、夫の以春(玉勢)が夜這いして困ると訴えるので、それなら、逆に夫を懲らしめてやろうと、寝所を入れ替わる。真夜中、以春の印判の無断借用で窮地を救ってくれた玉の愛に報いようと、茂兵衛(玉志)が、玉の部屋に忍び込んで来て、お互いに相手が入れ替わっていることを知らずに契ってしまう。その時、外出先から以春が帰ってきて、出迎える行灯の光が部屋に差し込み、二人は事の重大性を知って驚愕する。
ところが、西鶴では、おさんが、茂兵衛に恋をしたお玉にラブレターの代筆をしてやったのだが、そのつれないふざけた返事に腹を立てて、偲んで来ると返事が来た時に、悪戯心を起こして懲らしめてやろうと、お玉と寝所を入れ替わる。しかし、宴会の後の疲れで不覚にも寝入ってしまって、あろうことか茂兵衛と契ってしまうと言う話になっていて、その落差が面白い。
いずれにしろ、玉の仲立ちで、幼な妻のおさんの軽はずみが、悲劇を招くと言うことは同じで、不義密通は加担者も含めて死罪だとする当時の法体制のなせる業。
尤も、西鶴によると、この以春は、京都きっての遊び人四天王の一人で、男色・女色なく昼夜の別なく遊び暮らし、芝居の後、水茶屋・松尾に並んで道行く女を品定めして、その時見た13か14の超美少女・今小町にぞっこん惚れて、果敢にアタックして嫁にしたのが、このおさん。
とにかく、今風に言うと、事の起こりは、色きちがいの以春であって、ほおっておかれて、孤閨をかこっていた幼な妻のおさんに悪戯心を起こさせて引き起こした悲劇なのかもしれないと思える。
近松は、馬で京都の町を引き回されている途中、おさんに、「つまらない女の嫉妬から、何の罪もないそなたまで不義者にしてしまった」と詫びさせているのだが。
さて、問題のおさんと茂兵衛の濡れ場だが、床本は至ってシンプルで、狸寝入りのおさんが、揺り起こされて目覚めた振りをして「頭を撫づれば縮緬頭巾、『サァこれこそ』と頷けば」で頭巾で相手を確認して、真っ暗な中で「その手をとって引き寄せて、肌と肌とは合ひながら・・・」なのだが、
茂兵衛は、玉への礼が主体であり、堅物で初心なのか、肩肘立ててじっと動かずに添い寝しているのだが、おさんの方が、仰向けに寝返って、茂兵衛の首に手を回して身を起こしてしがみ付き 肌と肌を・・・
すぐに、衝立が引かれるのだが、人形ながらも、ぞくっとするようなリアルなシーンの展開
おさんは、散々以春をいたぶって、朝になって、鼻を明かそうと言う心算なのだが、
私が昔から知っていたのは、この二人の不義密通話だけなのだが、これは上之巻で「大経師内の段」であって、もっと質の高い見せ場のある中之巻と下之巻が続いていて、奥行きのある素晴らしい浄瑠璃なのである。
次の「岡崎村梅龍内の段」では、玉は、伯父で講釈師の赤松梅龍(玉也)の家へ送り返され、また、おさんと茂兵衛も店から逃げ、玉を心配して様子を知るために、赤松梅龍を頼ってゆく。そこへ、娘の身を案じたおさんの親・道順(勘壽)夫婦が来あわせて恨み言を言いつつも、実は娘が救われることを願って路銀を与えて別れて行く。
その後、「奥丹波隠れ家の段」で、おさんと茂兵衛は、茂兵衛の里奥丹波に隠れ住んでいたのだが、追手が迫り捕縛される。そこへ、梅龍が、不義の仲立ちをしたとして玉を犠牲にして首を持参するのだが、却って無実の証人を失うことになり、二人は護送されてゆく。
西鶴は、おさんと茂兵衛との不義密通を主題にして男女の性愛を描いたのだが、近松門左衛門は、この「中之巻」を主体にして、おさんと道順夫妻との親子の情愛に重点を置いて、より多くの観客を意識して作劇しており、ここが戯作者西鶴との差であると、大谷晃一氏は語っている。
近松の浄瑠璃は、もう少し先があって、
歳は19と25、今日は八十八夜だが、その名残の霜がこの世の見納め・・・馬で京の町を引き回される道行。
最後は、粟田口刑場の場で、道順夫妻が群衆を押し分けて身代わりを嘆願するが拒絶され、
黒谷の東岸和尚が駆けつけてきて、持ってきた衣をふたりに打ち掛けて肘を張ってかばうと、諸人は歓声を上げ道順夫妻も喜んで幕。
史実とも違って、近松は、観客を喜ばせるような脚色をしたのである。
さて、今回は、おさんを、人間国宝の和生が遣っていたが、以前には、おさんを師匠の文雀が、そして、茂兵衛を和生と言う師弟コンビで演じていたので、今回のおさんは、人間国宝同士の芸の継承であろう。
岡崎村梅龍内の段の奥を呂太夫、そして、三味線は團七
先月、大阪で、「冥途の飛脚」を鑑賞できたが、やはり、近松門左衛門は良い。
ふとした過ちから、内儀のおさんと手代の茂兵衛が不義密通を犯した故に、逃避行の末に捕縛される悲しい話で、近松得意とするしっかりした大坂女とがしんたれの大坂男の演じる心中物とは違って、男女の哀歓を語ってしみじみとした余韻を残す。
おさん(和生)が、借金の身代わりを買って出て窮地を救ってくれたお礼をと思って、下女の玉(簑紫郎)の部屋を訪ねたら、毎夜、夫の以春(玉勢)が夜這いして困ると訴えるので、それなら、逆に夫を懲らしめてやろうと、寝所を入れ替わる。真夜中、以春の印判の無断借用で窮地を救ってくれた玉の愛に報いようと、茂兵衛(玉志)が、玉の部屋に忍び込んで来て、お互いに相手が入れ替わっていることを知らずに契ってしまう。その時、外出先から以春が帰ってきて、出迎える行灯の光が部屋に差し込み、二人は事の重大性を知って驚愕する。
ところが、西鶴では、おさんが、茂兵衛に恋をしたお玉にラブレターの代筆をしてやったのだが、そのつれないふざけた返事に腹を立てて、偲んで来ると返事が来た時に、悪戯心を起こして懲らしめてやろうと、お玉と寝所を入れ替わる。しかし、宴会の後の疲れで不覚にも寝入ってしまって、あろうことか茂兵衛と契ってしまうと言う話になっていて、その落差が面白い。
いずれにしろ、玉の仲立ちで、幼な妻のおさんの軽はずみが、悲劇を招くと言うことは同じで、不義密通は加担者も含めて死罪だとする当時の法体制のなせる業。
尤も、西鶴によると、この以春は、京都きっての遊び人四天王の一人で、男色・女色なく昼夜の別なく遊び暮らし、芝居の後、水茶屋・松尾に並んで道行く女を品定めして、その時見た13か14の超美少女・今小町にぞっこん惚れて、果敢にアタックして嫁にしたのが、このおさん。
とにかく、今風に言うと、事の起こりは、色きちがいの以春であって、ほおっておかれて、孤閨をかこっていた幼な妻のおさんに悪戯心を起こさせて引き起こした悲劇なのかもしれないと思える。
近松は、馬で京都の町を引き回されている途中、おさんに、「つまらない女の嫉妬から、何の罪もないそなたまで不義者にしてしまった」と詫びさせているのだが。
さて、問題のおさんと茂兵衛の濡れ場だが、床本は至ってシンプルで、狸寝入りのおさんが、揺り起こされて目覚めた振りをして「頭を撫づれば縮緬頭巾、『サァこれこそ』と頷けば」で頭巾で相手を確認して、真っ暗な中で「その手をとって引き寄せて、肌と肌とは合ひながら・・・」なのだが、
茂兵衛は、玉への礼が主体であり、堅物で初心なのか、肩肘立ててじっと動かずに添い寝しているのだが、おさんの方が、仰向けに寝返って、茂兵衛の首に手を回して身を起こしてしがみ付き 肌と肌を・・・
すぐに、衝立が引かれるのだが、人形ながらも、ぞくっとするようなリアルなシーンの展開
おさんは、散々以春をいたぶって、朝になって、鼻を明かそうと言う心算なのだが、
私が昔から知っていたのは、この二人の不義密通話だけなのだが、これは上之巻で「大経師内の段」であって、もっと質の高い見せ場のある中之巻と下之巻が続いていて、奥行きのある素晴らしい浄瑠璃なのである。
次の「岡崎村梅龍内の段」では、玉は、伯父で講釈師の赤松梅龍(玉也)の家へ送り返され、また、おさんと茂兵衛も店から逃げ、玉を心配して様子を知るために、赤松梅龍を頼ってゆく。そこへ、娘の身を案じたおさんの親・道順(勘壽)夫婦が来あわせて恨み言を言いつつも、実は娘が救われることを願って路銀を与えて別れて行く。
その後、「奥丹波隠れ家の段」で、おさんと茂兵衛は、茂兵衛の里奥丹波に隠れ住んでいたのだが、追手が迫り捕縛される。そこへ、梅龍が、不義の仲立ちをしたとして玉を犠牲にして首を持参するのだが、却って無実の証人を失うことになり、二人は護送されてゆく。
西鶴は、おさんと茂兵衛との不義密通を主題にして男女の性愛を描いたのだが、近松門左衛門は、この「中之巻」を主体にして、おさんと道順夫妻との親子の情愛に重点を置いて、より多くの観客を意識して作劇しており、ここが戯作者西鶴との差であると、大谷晃一氏は語っている。
近松の浄瑠璃は、もう少し先があって、
歳は19と25、今日は八十八夜だが、その名残の霜がこの世の見納め・・・馬で京の町を引き回される道行。
最後は、粟田口刑場の場で、道順夫妻が群衆を押し分けて身代わりを嘆願するが拒絶され、
黒谷の東岸和尚が駆けつけてきて、持ってきた衣をふたりに打ち掛けて肘を張ってかばうと、諸人は歓声を上げ道順夫妻も喜んで幕。
史実とも違って、近松は、観客を喜ばせるような脚色をしたのである。
さて、今回は、おさんを、人間国宝の和生が遣っていたが、以前には、おさんを師匠の文雀が、そして、茂兵衛を和生と言う師弟コンビで演じていたので、今回のおさんは、人間国宝同士の芸の継承であろう。
岡崎村梅龍内の段の奥を呂太夫、そして、三味線は團七
先月、大阪で、「冥途の飛脚」を鑑賞できたが、やはり、近松門左衛門は良い。