熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

髙樹のぶ子:小説小野小町 百夜

2023年07月28日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「業平」に続く髙樹のぶ子の小説「小野小町 百夜」である。

   誰もが知って居tる人物ながら、誰も何も知らないと言うのは許されない、そんな小野小町を、残された素晴しい歌を紐解いて書き起こしたのがこの高樹のぶ子版「小野小町」。
   まず、冒頭に、NHKで収録された「小野小町」論が興味深いので、そのまま引用すると、
   「一般的にね、小野小町というのは美人で才媛で歌がうまくて、最終的には男に肘鉄を食らわす強い女。そして非情で、男から見たらけしからんという感じがあって、それが観阿弥・世阿弥の能楽の世界では、小町像というのは、美女が零落して物乞いをして、しかも根本のところには自分がふった男の怨念というかそういう思いがたたっちゃって……という、男の言いなりにならなかったから、最後はえらいめにあったというイメージしか残されていない。それに対して、私はものすごく怒りというか、それはないでしょう、と。悲しみをちゃんと知って、これだけのいい歌を残して、日本の文化の「あわれ」という言葉の本質を歌で詠んだ、ほぼ最初の人ですからね。もののあわれ、それはその後ずっと日本の文化、情緒のメインストリームで、それを作った人ですからね。それをそんなふうにね、零落させていいものかというふうに思っていました。だから小町というのは、そんな非情な女じゃないよということ。あわせて、名誉回復したかったということですね。」

   そう言われれば、私も、普通の日本史の知識や、『関寺小町』『卒都婆小町』と言った小野小町を題材にした七つの謡曲「七小町」の能舞台の印象や、深草少将の悲恋「百夜通い伝説」などで、勝手に小町像を作っているかも知れない。勿論、私自身は、そうは思っていないし、紫式部同様に、素晴しい才色兼備の魅力的な女性であったはずだと思っている。地獄に落とさないと夢幻能にならないし、それに、その人物が立派であればあるほど良いのであるから、観阿弥や世阿弥だって、フィクションを承知で、作能したのであろう。
   業平は「雅」、小町は「哀しみ・哀れ」という日本の文化、日本の心、日本の情緒を産み出し作り出したメインストリームのランナーであり、その魂の叫びを、高樹のぶ子の独特の繊細な感性で描き出された詩情豊かな創作劇であり、上質な絵巻を見ているようで感動的である。

   陸奥の国主で出羽国の国府を造った祖父を支えた父篁が大町との一夜の契りで生まれたのが小町。10歳になって、京の篁に乞われて、母大町と分かれて、生まれ故郷の出羽の雄勝から京に上るところから、この物語は始まる。国司の次官であった叔父の良実(祖父の養子で、父篁の弟)が同道する。
   
   実父小野の右京の二条西大宮の屋敷に暮らし初めてしばらくしてから、父が外出して居ないときに、逗留していた良実が、夜中に、小町の母への積年の思いを遂げようと、恋ひとつも知らぬ小町に無理無体、
   篁から、自分が謀反を起して横死した伊予親王の子供であることを聞かされて、親王の子であったと喚きながら夜獣となって思いを遂げて、闇から闇へと消えてゆく。
   この後日談が、「百夜」。
   仕えた仁明帝の女御であった縄子の霊に諭されて山科に居を構えて屋敷にも馴染み始めた頃、西廂に「笛あわせをしたい」と言う結び文が届く。
   断わっても童が文を届け続けるので、名を名乗れと伝えると、亡くなったはずの深草少将義宣、
   山科に籠もっても、その美しさに黄泉の国より懸想した者があらわれたと言う噂話が都を流れる。
   切羽詰まった小町が、下出雲寺の真静法師に問うと、意外にも、赦免ならず逃げ帰って途中で海賊に片足を奪われた良実が瀕死の状態で寺に転がり込んできて、都に会いたい人が居る今は死なぬと言ったので匿ったと応える。
   毎夜、雪深い山科へ、童に支えられて片足で通って届け続けた、捨て置いた「百の文」を開いて読み始めると良実の思いが克明に記されている。
   老いさらばえて余命幾ばくもない良実の最後の願いは、故郷の雄勝で聴いた小町の高麗笛の音、
   寝静まって、雪の音のみ聞こえる深夜、昏き天上より細い笛の音が降りてくる。
   この曲は、「百夜」。恋しき人に届ける曲、百夜通い来るほどの滾つ思いを表す曲、百夜通えど満たされぬ哀しみとも伝えられている。
   小町は、高麗笛を取りだして高揚して吹き続ける。曲の頂きに差し掛かった時、それまで和していた笛が、ひょうと止む。
   翌くる朝、雪の中より掻き出された良実の御顔は、雪よりしろく、笑みに満ち足りて見えたという。

   無粋な説明文になってしまったが、高樹のぶ子「小野小町」は、流れるように美しくて感動的である。
   小町と良岑宗貞のちに遍昭とのめくるめく激しい恋路や天皇の懸想など艶っぽい話、それに、業平からの恋の歌など興味深い話もあって、面白いのだが、仁明帝の女御縄子への宮仕えを通じての平安貴族の王朝絵巻も興味深い。
   いずれにしろ、観阿弥、世阿弥に、この本を読んで欲しいという高樹のぶ子の気持ちは良く分かる。
コメント
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