熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

PS:ヨシュカ・フィッシャー「ロシアの弱体化によるリスクの高まり Heightened risk from a weakened Russia」

2023年07月10日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   1998年から2005年までドイツの外務大臣兼副首相を務め、ほぼ20年間ドイツ緑の党の指導者であったヨシュカ・フィッシャーの現下のロシア観が面白い。
   特別軍事作戦と称して隣国のウクライナに仕掛けた征服戦争が、ロシアにとっては誤算で、今日、プーチンの計算が裏目に出たことを示す証拠が増えてきて、すぐに勝利をもたらすどころか、ロシアが負ける可能性が十分にある血なまぐさい仕事となった。 確かにウクライナに多くの犠牲を強いている一方で、一般のロシア人にも代償をもたらしている。として、
   ウクライナ戦争のロシアの敗戦とプーチン政権の崩壊をにおわせ、その後のロシアの帰趨を論じているのである。

   クレムリンが自ら引き起こした混乱の深刻さは、プリゴジンと彼のワグナー・グループの傭兵たちが最高指導部に直接挑戦した6月下旬に完全に明らかになった。 プリゴジンのクーデター未遂は、全世界が見守る中展開し、ワーグナー軍はロシア軍南部軍管区の本拠地であるロシアの都市ロストフ・ナ・ドヌさえ占領して、そこから戦車を含む彼の軍隊はモスクワに進軍し、200キロメートル以内に迫った。
   驚いた世界中の観察者は多くの疑問を抱いた。 ロシアの治安と諜報機関はどこにあったかの。プーチン政権は、どうして自らの権威に対するこのような傍若無人な挑戦を許すことができたのか?
   この内乱は、ベラルーシのルカシェンコ大統領の調停によって解決されたというクレムリンの主張を、我々はどう判断すれば良いのか。ルカシェンコは、プーチンが時々利用するが、ほとんど真剣に受け止めていない下級臣下であって、 これが真実なら、プーチンの権力には重大な疑問が生じる。

   制度的には、ロシア連邦は現在、恐ろしく弱体化したことが露呈した。 ワグナー・グループが州内のあらゆる管区を揺るがすことができたのは、州は完全に一人の男の意志に依存していたためであり、その権限はほとんど反応せずに挑戦された。 専制君主が倒れれば、他のすべても彼とともに倒れる。 プリゴジンの反乱の危機的な時期に、プーチンのロシアは、批判者たちが長らく主張してきたとおりの国家であることが判明した。それは、強固な組織を欠いたマフィア国家であり、残念ながら世界最大の核兵器を保有した国家だったということである。

   いずれにしろ、プリゴジンのモスクワ進軍は、戦争が危険な新たな段階に入ったことを意味する。 終盤が近づいており、戦場で何が起こるかが、ロシア国内政治の将来を決定することになる。 ロシアの権力機構の特定の要素にとって敗北の認識は受け入れられないとみなされるため、戦争を終わらせることは以前に想定されていたよりもリスクが高く、困難であることが分かっている。 プリゴジンはその構造の一部に過ぎない。
   終盤に近づくほど、クレムリンが、核兵器の使用命令などの不合理な行為に訴えるリスクが高まる。 プリゴジンの反乱は、これから待ち受ける混乱を予感させた。 ロシア連邦の崩壊から、帝国復興という新帝政主義的な夢を抱く別の超国家主義政権の台頭まで、現在では、あらゆる可能性が考えられる。
   プーチンのロシアと同様、この国も過去に囚われたままであり、社会的、政治的、経済的な近代化の見通しからは程遠い。 それはヨーロッパの東部地域、そしてより広範な世界の安定にとって永続的な脅威となるであろう。 我々は、それに対抗するために武装しなければならないし、おそらく私たちの孫や曾孫も同じことをしなければならないであろう。

   さて、以上のヨシュカ・フィッシャーの論考が、ドイツ人識者の一般的な見解かどうかは分からない。
   しかし、一番問題は、プーチンロシアの良し悪しは別にして、安定を保っていたロシアが、弱体化して崩壊なり大政変が起きたときに、どうなるか、そして、世界がどう対処するか、であろう。
   フィッシャーは、「ロシア連邦の崩壊から、帝国復興という新帝政主義的な夢を抱く別の超国家主義政権の台頭まで、現在では、あらゆる可能性が考えられる。」としているが、
   ロシアは、前世紀末期に、ソ連邦が崩壊し経済的な崩壊寸前まで行くと言う前代未聞の国家の大危機を経験してきたが、当時は、国際情勢を揺るがすほどの悪影響はなく、台頭しつつあったグローバル世界が平安を保ち、ロシアの復興を支えた。
   しかし、フィッシャーは、クレムリンが、核兵器の使用命令などの不合理な行為に訴えるリスクが高まるなど、ロシアの脅威に対抗するために、孫子の代まで武装しなければならないと警告している。平和的な解決ではなくて、武力での対応である。
   ウクライナ戦争の早期解決は、世界の願いであるが、ロシアが弱体化の極に達して、真空状態になることも最大の脅威である。
   
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スティーヴン ワインバーグ 著「科学の発見」(ガリレオ)

2023年07月08日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   先に、スティーヴン ワインバーグ 著「科学の発見」で、(科学後進の中世ヨーロッパ)について感想を書いた。
   科学については、私の専門外であり、知識に乏しいので、世界史の知識深掘りにと思って読んだのだが、天文学の理論など、この本では詳細にテクニカルノートで解説されていて行き届いているのだが、如何せん、難しくて良く分からない。

   突出した歴史上の科学者は、ガリレオ、ニュートン、ダーウィン、アインシュタインと言うことだが、私の知識は、歴史の勉強で片鱗をかすったくらいで、全く初歩の初歩で、多少知っているのは、ダーウィンくらいであろうか。
   まず、興味深かったのは、ガリレオと宗教との対立。
   ガリレオの「天文対話」では、天動説のプトレマイオス説と地動説のコペルニクス説の「二大世界体系」が論じられているだけだが、当時、主な世界体系は、4つあって、他に、同心天球が地球を中心として回転しているとするアリストテレス説、および、地球は静止していて、太陽と月は地球の周りを回っているが、他のすべての惑星は太陽の周りを回っているとするティコ説があった。
   コペルニクス的転回と言われれる程革命的なコペルニクスの地動説の着想は1508年から1510年ごろだと推定されているが、ガリレオが、異端審問で有罪判決を受けたのは、1633年4月。
   ガリレオは、1615年に異端審問所から「コペルニクス説を信じること、擁護すること、教えること」を禁じる公開命令書を受け取っていたが、この命令書に違反したことで、「異端の濃厚な疑い」で終身刑を言い渡され、天動説の撤回を宣告させられたのである。
   法廷を出るとき、ガリレオがラテン語で、「それでも地球は動く」とつぶやいたという話があるが、おそらく作り話であろうと言うのが面白い。  

   私が関心を持ったのは、これらの論争でも、プトレマイオスやアリストテレス、それに、ケプラーさえプラトンの呪縛から完全に逃れなかったと言うほど、当時の科学にまでギリシャの影響が残っていて、世界観を縛り付けていた、その強度な影響力の存在である。

   もう一つガリレオで印象的なのは、望遠鏡の導入と使用によって観測天文学に革命をもたらし、彼の運動の研究は、現代実験物理学の模範となったことである。ガリレオは望遠鏡を自作して、当時角度が3~4倍だったのを20倍までに高めて、この望遠鏡を使って天体観測を初めて、偉大な6つの発見をした。ことである。
   望遠鏡、レンズで思い出すのは、オブスキュラが、フェルメールの素晴しい絵画を生み出したこと、
   私は、写真歴が長いので、レンズは神秘的な魔物であることを知っているので、面白い。

   いずれにしろ、コペルニクス、ティコ・ブラーエ、ケプラー、ガリレオの計算と観測によって、太陽系は正しく解明され記述され、ケプラーの三法則の形に纏められた。
   ガリレオが正しかろうと間違っていようと、教会にとって教義に反する異端であれば断罪された宗教優位の時代、
   今では、現代社会は、一般的に、一部の例外を除いて、宗教上の意見に対して、その意見が正しかろうと間違っていようと、政府や宗教的権威が罰則を科す権利はないと言う教訓を学んでいる。ハラリの言う「ホモゼウス」の時代に逆転したのである。
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新しい Bing でチャットを試みる

2023年07月06日 | 生活随想・趣味
   「新しい Bing へようこそ」で、初めてチャットを試みてみた。
   まず、(問い)は、次の3点。

(問い)岸田内閣の新しい資本主義は、経済学的に、真面な新しい資本主義なのでしょうか

岸田内閣が掲げる「新しい資本主義」は、企業が短期的な利益拡大に邁進し、株主の利益を最優先に考える傾向を修正することを目指したものだとされています1。また、岸田首相が掲げる経済政策「新しい資本主義」は、人への投資、科学技術分野への重点投資、スタートアップの起業加速、「グリーントランスフォーメーション(GX)」への投資など4つの柱で構成されています2。
経済学的には、真面目な新しい資本主義と言えるでしょう。

   まず、(問い1)の「新しい資本主義」だが、「株主至上主義」を是正して、4つの成長戦略を推進する、経済学的には、真面目な新しい資本主義と言える、と言う。

   内閣府によると、「新しい資本主義」は、
   「市場至上主義」の新自由主義的な考え方が生んだ、様々な弊害、すなわち、格差や貧困の拡大、中長期的投資の不足、そして持続可能性の喪失、都市と地方の格差、気候変動問題。分厚い中間層の衰退がもたらした、健全な民主主義の危機を、
   成長と分配の好循環による「新しい資本主義」によって、官と民が全体像を共有し、協働することで、様々な弊害を是正する仕組みを、「成長戦略」と「分配戦略」の両面から、資本主義の中に埋め込み、資本主義がもたらす便益を最大化していき、国民一人ひとりが豊かで、生き生きと暮らせる社会を作っていく。
   成長戦略では、「デジタル」「気候変動」「経済安全保障」「科学技術・イノベーション」などの社会課題の解決を図るとともに、これまで、日本の弱みとされてきた分野に、官民の投資をあつめ、成長のエンジンへと転換していく。
   いずれにしろ、このBingのチャットは回答にはなっていない。

(問い)MMTは 、経済学としては、正論ですか。

MMTは、経済学の一派であり、現代貨幣理論とも呼ばれます。MMTは、政府が自国の通貨を発行することができることを前提に、財政政策を行うことができると主張しています。1
MMTは、経済学者の間で議論されており、その正当性については意見が分かれています。2 一方で、MMTは現代の経済学において重要な位置を占めており、その影響力は増しています。3
参考文献: 1: MMTって何?最新の経済理論をわかりやすく解説!|ヘッジファンドダイレクト 2: MMTが間違った政策提言を導き出しているワケ - 東洋経済オンライン 3: MMT(現代貨幣理論)とは何か 経済政策のパラダイム・シフト …

   (問い2)のMMT,
   S・ケルトンのMMTは、「自国の通貨を持つ国家は、債務返済に充てるマネーは際限なく発行できるので、政府債務や財政赤字で破綻することはない」と言う理論
   中途半端ではあるが、まずまずの回答。
   しかし、省略したが、本文に同じ説明文を3回繰り返すなど初歩的なミス。


(問い)ウクライナ戦争は、ロシアの敗退に終るでしょうか

ウクライナ戦争については、ロシアが敗退するかどうかはまだわかりません。しかし、ウクライナの支援者たちは、戦争の早い段階で、ロシアが損耗によって敗北する可能性があると主張していました。一方で、ロシアの敗北は現実味を増しているとも言われています。

   この問いに関しては、まずまずの常識的な回答である。

   短文の曖昧な質問なので、何とも言えないが、問題は、ターゲットを絞って正鵠を得た質問を発することだと思っている。
   各問いに対して、参考文献や詳細情報が示されているので役に立つ。
   現時点では、問題点をインターネットで検索するのも便利なので、チャットと併用することになろうか。

   因みに、足腰の弱りに心配し始めているので、

(問い)ロコモーション予防には、ロコ・トレは有望でしょうか。良いロコ・トレを教えて下さい。

ロコモーション予防には、ロコ・トレが有望です。日本整形外科学会が提唱している「ロコモーショントレーニング(略して「ロコトレ」)」は、ロコモティブシンドロームを予防し、改善するための運動です1。ロコトレには、「片脚立ち」と「スクワット」の2種類のトレーニングがあり、バランス能力をつけること、下肢の筋力をつけることができます2。自分のレベルに合わせて安全に行えるトレーニング方法です3。
より詳しい情報が必要でしたら、お知らせください。
詳細情報:1. hone-hiza.com 2. tyojyu.or.jp 3. locomo-joa.jp 4. city.hamamatsu.shizuoka.jp 5. jcoa.gr.jp 6. city.hamamatsu.shizuoka.jp +3 その他

   こう言った定型的な質問には、かなり的確に応えてくれるようで、インターネットで闇雲に検索するよりは良さそうである。

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ダニエル・ヤーギン:エネルギー戦争で進む「原発革命」

2023年07月05日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   エネルギー問題の権威で経済アナリストのダニエル・ヤーギンが、「エネルギー戦争で進む「原発革命」」で、日本のエネルギー戦略の未来を語っていて、非常に興味深い。
   日進月歩の進化を遂げている原子力発電や再生可能エネルギーと言った代替エネルギー開発へ、大きく軸足を移して行けば、日本のエネルギー自給率を大きく高めて、資源地図を塗り替えられると言うのである。

   日本がエネルギー自給率を押し上げるためには、原子力発電を再開・推進すべきである。国民からの反発は根強いかも知れないが、天然のエネルギー資源の乏しい日本では、これは避けて通れないだろう、と説く。
   最近では、原子炉の小型化、すなわち、小型モジュール式原子炉(Small Modular Reactor SMR)の開発も著しく進んでいる。これは自然循環式原子炉になっているので、原子炉に液体を通過させるのに原子炉冷却材ポンプを一つも必要としない。福島のように原子炉の電源が失われても、原子炉は別の電源を必要とせず、オペラ―ターが何か行動を起さなくても、自然循環の結果、冷却した状態になる。
   最新式の原子力テクノロジーは、グローバルの規模で言えば40以上のデザインコンセプトがあり、SMRの分野でも、ミクロ原子炉の分野でも、研究が進んでいる。非常に小規模なものから5メガワットのミクロ型原子炉まであり、原子力関連では、世界中でイノベーションが生まれている。
   このことを考えれば、日本は、「3.11」のショックから早く抜け出して、最新の目覚ましく進歩を遂げているテクノロジーから乗り遅れてはならない、と言うのである。
   不思議にも、ヤーギンは、日本の原子力発電の将来については、何の疑いも感じていないのである。
   しかし、SMRなど原発のイノベーションについては論じているが、岸田内閣の進めている現存の原発の再稼働については、心配ないのであろうか。

   同時に、ヤーギンは、再生可能エネルギーの重要性を強調している。
   日本よりも風力が弱く、日照時間も少ない他国が、すでに多くの投資をしていることを考えれば、自然豊かで、他国に比べて水力や風力、太陽光など豊富にある日本においては、同じ規模の投資でも、リターンは多いはずである。にもかかわらず、そうしないのは、既得利権を重視する経済団体や電力企業のロビー活動による圧力があるからとしか思えない。政治的な意志によって、これを克服しなければならない。と言う。
   日本経済の停滞や企業の労働生産性の低さなど、日本の政治経済社会の根本的な病巣を、ヤーギンは、お粗末な電力政策を通して垣間見たのである。

   更に、ヤーギンは、官民協力して推進している日本の水素とアンモニアを使用した発電の可能性の追求に期待している。
   水素とアンモニアをコスト効率の良いエネルギー源として開発する機会を検討すべきで、そうすれば、イノベーションは加速する。このように技術的に強みのある分野で、日本はよりリーダーシップを発揮すべきである。と言う。

   いずれにしろ、ウクライナ戦争の勃発で、エネルギー資源の多様化・分散化が如何に大切かを、世界中に知らしめた。
   平和で安定したグロ-バル世界が展開されていたベルリンの壁崩壊以降は、エネルギーの安全保障には殆ど問題はなかったが、米中対立が悪化して新冷戦時代に突入してからは、一気に、国際社会の分断が厳しさを増してきた。
   経済的には雁字搦めに結びついてしまったグローバル世界故に、ディカップリング出来ずに、訳の分からない中途半端なデリスキングで急場をしのぎ、フレンドショアリングでやり過ごそうとしているが、国際情勢は、益々悪くなるであろうことは目に見えている。

   私は、エネルギーと水と食糧は、絶対に自給率を、必死になってあげるべきだと思っている。
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ラグラム・ラジャン:経済再生は「地方」から始まる

2023年07月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   シカゴ大のラグラム・ラジャン教授のインタビュー記事:”経済再生は「地方」から始まる”が興味深い。
   教授の近著「第三の支柱 コミュニティ再生の経済学」の理論展開だが、残念ながら、本書は積ん読状態なので、表面的な話になるが、考えてみたい。
   我々の生活と社会を支えている3本柱は、国家と市場、コミュニティだが、このうち、しばしば軽視されてきたコミュニティの重要性について言及しているのである。

   拡大を続ける市場において、経済を成長させ優れた仕事を遂行するには、かなり高度なスキルや知識が要求され、こうした教育水準や経済水準の高低には、実は、コミュニティが果たす役割が大きい。
   学級崩壊など荒んだ学校があり、失業者や犯罪者が多く、模範となるようなロールモデルが存在しないような「悪い」コミュニティで育った人間と、その反対に素晴しい学校があり、所得水準の高い労働者が多く、模範となるようなロールモデルが多数存在するような「良い」コミュニティで育った人間とでは、所属コミュニティの相違がどの様な経済的影響をもたらすか、その結果は歴然としている。
   その人の生まれ育ったコミュニティからの影響が、その人の将来の人生を決定する社会になりつつある現状では、今後、市場がより一層高度な知識や技術を有した人材を必要とするのであれば、それと比例して、まさに自分が育つコミュニティの良し悪しが、重要性を増す。
   才覚さえあれば、産まれや育ちに関係なく、人は成功することが出来る――このようなアメリカン・ドリーム的なライフコースの夢が、多くの近代国家や資本主義社会において共有されていたが、今や、夢になってしまった。と言うことであろうか。

   さて、今、アメリカで大きな問題になっているのは、ハーバード大などのアフリカ系やラテン系アメリカ人の優遇入学制度、アファーマティブ・アクション(affirmative action)である。キング牧師の公民権運動によって始まり、ケネディ大統領の大統領令によって実施された、弱者集団の不利な現状を、歴史的経緯や社会環境に鑑みた上で是正するための積極的な改善措置である。しかし、最高裁が、憲法違反だとの判断を下して、逆転してしまった。
   黒人やヒスパニック系などは平均学力が低いために進学率が低いので、これを是正するために、ゲタを履かせて水増しして入学させる制度である。興味深いのは、白人よりも成績が高いアジア系が割を食っているので、この「積極的格差是正措置」に反対運動を展開していることである。
   
   しかし、ラジャン説が正しいのなら、公正な社会のためには、育ちによって生まれる不平等を是正する必要があり、このような是正措置、すなわち、「民族や人種や出自による差別と貧困に悩む被差別集団の進学や就職や職場における昇進において、特別な採用枠の設置や、試験点数の割り増しなどの優遇措置」であるアファーマティブ・アクションは、必要悪(?)ではないかと言うことにもなろう。

   さて、本題とはややかけ離れた議論になってしまったが、ラジャンが、本稿で指摘した興味深い見解の一つは、「格差是正は日本経済にとって効果的ではない」ということである。
   岸田内閣も、「新しい資本主義」で、分配の是正を見直すと言っているが、日本の格差は欧米と比べて、そんなに大きな格差状態ではない。長くデフレが続く日本経済では、このような再分配的な発想に立つと、一番犠牲になるのは「成長」である。格差縮小政策は、日本の経済成長にとってはマイナスだと言うのである。
   いずれにしろ、格差の拡大は進行中だし、成長率も低い日本、前門の狼後門の虎、前にも後にも難問を抱えていて進めずに逡巡し続けている。

   ところで、先のアファーマティブ・アクションに戻るが、日本では、部落問題との関係で問題になったことがあるという。
   しかし、アメリカほど、人種差別の問題を含めて、深刻な差別問題は、医科大学の女子入学生差別などあったにしろ、酷くはない。
   良い大学に行こうとすれば、小学生から優秀な塾に通って、トップクラスの中高一貫校などに入学しなければならない、そのためには親に経済力ががなければ不可能である。まだ、アメリカほど、コミュニティの分断による弊害は軽微ではあるが、日本でも、親の経済力が、子供の教育に大きく影響を与えるようになって来た。これを、良しとすべきかどうかは大いに問題ではある。

   ラジャンは、コミュニティの劣化を論じて警鐘を鳴らしているが、格差是正の問題は、もっともっと深刻な現在社会の病巣であって、政治経済社会の根幹から検討しなければならない。
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ユヴァル・ノア・ハラリ:AI革命と無用者階級の誕生

2023年07月01日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「ホモゼウス」で、神に取って代わろうとしたホモ・サピエンスが、AI革命によって、多くの人々が無用者階級に成り下がり社会から疎外されると言うハラリの新しい視点が気になる。

   AI革命によって、数十億の人々が仕事を失う。
   生き残るためには、精神の健康と感情知能を高めることで、人々は、生涯を通じて学び続け、何度も自己変革をしなければならなくなる。
   必要なのは、心のバランスとレジリエンス(柔軟性)、変化にもうまく適応して生き延びるための能力で、果てのない嵐の海を進むには、非常なストレスに耐えていかなければならない。と言う。

   古い仕事は消え、新しい仕事が生まれる。しかし、AIはまだ発展過程なので、雇用市場が新たな均衡に落ち着くのではなく、より大きな破壊の連鎖が起こる。
   21世紀の人間の本当に大きな闘いは、社会と切り離されこととの闘いとなり、新しく大規模な「無用者階級」が生まれようとしている。例えば軍事では、〉多くの兵士が役に立たなくなり、軍隊で必要な仕事の殆どは、特殊部隊やドローンやサイバー戦争に精通したエンジニアが担うことになる。
   この「無用者階級」は人間として無用だと言うことではなく、経済・政治システムから見て無用な人たちであって、強力なエリートからますます大きくなる格差によって切り離されることになるかも知れない、と言うのである。

   勿論、AI革命は、階級間だけではなく、国家間でも前例のな不平等を産み出しかねない。
   現在、AIの軍拡競争のまっただ中にあり、米中がレースをリードし、その他の殆どの国がはるか後方に取り残されている。
   AIの恩恵と力を全人類に分配するための行動を起さない限り、AIは一部のハイテク企業や国家に膨大な富をもたらす一方で、他の国は破産するか、搾取され続けるデータ植民地となる可能性が高くなる。

   それでは、どの様に経済社会システムを変革して望むべきなのか。
   ハラリは、ユニバーサル・ベーシックインカムの可能性や、さらに、最低所得保証か最低サービス保証か等について論じているが、最低賃金1000円さえ実現できないような日本にベーシックインカムの導入など無理であり、地球温暖化対策さえ暗礁に乗り上げて前に進めない國際間の亀裂を考えれば、理想論である。

   結局、かっては、土地が資産であり、機械と工場、産業の所有権など資本が資産であったが、今や、データが資産となって、熾烈なデータ争奪競争が展開されている、
   人間も、AI革命の進化発展にキャッチアップすべく、知的かつテクノロジー水準を、時流を越えて絶えず上昇し続けなければ生きて行けなくなってきた。
    
   ハラリは、貧富の格差と並んで、もう一つの危険、すべての人を常時監視するデジタル独裁者の台頭についても注意を喚起している。
   機械学習と人工知能の著しい発達によって、情報を処理する能力が格段に上がった。生物学や脳科学も進歩し、情報工学に於ける革命と生命工学の革命を融合させれば、人間のハッキングは可能である。自分の性格や政治的見解、性的嗜好、精神的弱点、最も深い恐怖と希望など他人に知られる。デジタル独裁者の出現を防ぐのが急務である。と言うのである。

   老兵は去りゆくのみとなった我々後期高齢者には、それほど、被害や恐怖はないが、現役世代には、大変な時代になったものである。
   弛まぬ刻苦勉励、成長し続けるべく運命付けられてしまったのである。
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