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ミステリ感想-『凍りのくじら』辻村深月

2008年07月03日 | ミステリ感想
~あらすじ~
藤子・F・不二雄をこよなく愛した、カメラマンの父が失踪してから5年。
残された病気の母と二人で静かな日々を送る理帆子の前に、「写真のモデルになってほしい」と現れた別所。
彼の優しさが孤独だった理帆子の心を少しずつ癒していくが、昔の恋人の存在によって事態は思わぬ方向へ進んでいき……。


~感想~
傑作。自分史上1位。

出だしが鍵。とにかく主人公・理帆子が痛くてむかつく。
理帆子は他人より多く本を読んでいるというだけで自分以外の全ての人間を馬鹿にしており、さらに自分は謙遜しても嫌味にならないくらいの美人で、そんな自分を受け入れてくれるのはみんなが自分が好きだからだと無条件に信じているのだ。
開始20ページで感情移入を完全拒否である。この時点で首を振って本棚に戻してしまう人も少なからずいるだろう。
さらに母の入院費や自分の生活費をすべて知り合いに負担してもらっているのだが、自分はバイトをするでもなく「お金と時間を天秤にかけたら私は時間をとる」などと得意げに発言したり(おまえ個室の入院費がどんだけ高いかわかってんのか)、見舞いでもらった花を「枯れてしまうからもったいない」と嫌がる母を「心が貧しい」とこけにしてしまう。
もう読み進めるほどに「そんなに現実にリアルを感じないなら舞城ワールドに叩き込んで嫌と言うほどリアルを感じさせたろか」とか「A先生だったらそろそろ喪黒福造が出てきて最終的にこいつ破滅するのに」とか「大パンチはどのボタンを押せば出るんですか?」とか創作上の人物なのに真剣に殺意を覚え、逆の意味で感情移入してしまう始末。
さらに昔の恋人が輪をかけて痛すぎるキャラで、精神科に処方された錠剤を噛み砕いてワル気取り(どうして精神科にかかってる人間は精神科にかかってることを自慢したがるのだろう)な「とんでもねえ俺様は神様だよ」キャラで、それを身の程知らずに痛がりながらも内心でかわいそごっこを楽しんでいる理帆子とあいまって、痛さと痛さの競演はもう、ページを閉じてあやうく押入れの奥にしまいたくなってしまうレベル。

それなのにそれなのに。終盤にいたってどうして感動するんですか。どうしてこんな予想もしていないところにトリックが仕掛けられているのですか。どうしてそのトリックがこんなにも涙を誘うのですか。
さらに中学時代に友人と「古今東西ドラえもんの秘密道具」を2時間やって引き分けたドラえもんフリークにとってはたまらない、あの秘密道具の使い方ときたらもう。
どうか序盤の痛さやむかつきにめげず、特にドラえもんファンには最後まで読み通してもらいたい。ミステリというよりも理帆子とF先生にならえば「すこし・不思議」な泣けて驚けて一生忘れられない物語です。


08.7.3
評価:★★★★★ 10
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