今日は天気がよさそうだ。久しぶりに選挙に行こうかな、と悪い気迷いをおこした。おかしな奴が立候補している。そいつにいれようかな、なんてね。
そこで配られた投票用紙を見た。いろいろなことが印刷してある。実際そんなところを隅から隅まで読んだことはないのだが、今回はどういうわけか、暇だったからか全部読んだ。といっても一分もかからないけどね。
前から投票所にある、ちびた鉛筆が嫌だったんだが、あれには理由があるらしい。なんでも投票用紙はプラスチックで出来ていてボールペンで記入するとにじむというのだ。驚いたね。それなら普通の紙を使えよ。ボールペンでの記入は拒否しないが推奨しないと印刷してある、堂々と恥ずかしげもなく。
しかし、考えてみるとおかしい。最近はプラスチックから紙を作ることがあるのかもしれないが、それはごく最近からだろう。ちびた鉛筆は大昔から投票所に常備されていたぜ。その当時は紙がにじむなんてことがあるはずがない。聞いたこともない。
おかしいのは万年筆での記入について書いていないことだ。オイラなんかは万年筆で書きたいね。あれなら粗悪紙(投票用紙は大体が粗悪だが)ならインクのにじむこともあるかもしれない。
それにコロナ時代の今、だれが使ったか分からないちびた鉛筆には触りたくない。しかもそのために自宅から鉛筆を持っていく人もいないだろう。胸ポケットに鉛筆をさしている人間なんて家庭にも事務所にもいない。投票用紙にはシャープペンシルならいいと書いてある。いまどきシャープペンシルを外出時に持ち歩いている人がどれだけいるのか。
思うに、鉛筆を強要するのは後で職員が記入を改ざんするためではないか。鉛筆なら消しゴムで簡単に消せるしね。そう思われてもしょうがない。そのためにもボールペン記入用の用紙にすべきだ。
考えても見てごらん。銀行で払い戻しの用紙に鉛筆で記入したら受理するかね。選挙権の行使は金融機関でのチマチマしたコガネの出し入れに比べればはるかに重要で神聖なものだぜ。
それに鉛筆を多数用意する莫大な費用の予算は税金だぜ。そんな税金の使い方は許せない。また、鉛筆をわざわざ二つに(三つに?)切ってそれぞれとんがらがすのにどれだけの公務員のマンパワーがかかるのか、その人件費も税金だぜ、たぶん外注しているのだろうが、その費用も税金だ。
用意した膨大な数の鉛筆は選挙後どうするのか、おそらく捨ててしまうのだろうが許されない税金の使い方である。