東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

夏枯れ

2005-07-31 14:49:11 | 社会・経済
お客さんが少ない。昨日の隅田川の花火までとはいわないがち
と寂しい。夏休みに入ったからだろうか。前から週末は客足が
落ちたものだ。そのうえに夏枯れか。めっきりアクセスが少な
くなった。それとも東条さんはネタとして魅力がないのかな。

いろいろとタネは仕込んでありいつでも連発できるのだが、ち
ょっと拍子抜けだ。一呼吸おくことにしよう。そこで小噺を一
つ挟みましょう。

題は偶感、今日昼前のテレビ朝日、例の田原君のサンデープロ
ジェクト。安倍晋一郎と志位和夫の討論を見ていて思いついた
こと。もっとも、対談の内容とはあまり関係がない。しいて言
えば、志位さんの顔を見ていてふと気がついたことと言えよう
か。

どうして、国内の野党がしつこく歴史問題という擬似スコラ神
学的な論争に狂奔するのか、という神学的な問題である。野党
だから与党を攻撃しなければならない。最近は攻撃するタネが
ほかに無くなったのではないか。本来なら国内の矛盾、なかで
も貧富の格差などが与野党の攻防の定番だ。日本だけのはなし
ではない。ところが、曲がりなりにも国内が豊かになり、目の
色を変えて政府の政策を攻撃する材料もない。あっても、国民
の公憤、あるいは興奮を盛り上げるまでのパンチ力はない。

思想問題も東西冷戦が熾烈でソ連という桃源郷を信じていたと
きには、現存在としての同時代的攻撃対象があったわけだ。ま
して、日本の保守を攻撃することは日本の背後にある資本主義
の悪の総本山アメリカをぶっ叩くという充実感もあった。

またシナ、そして半島の北にも天国があった。それも拉致問題
でようやく馬鹿の頭にも現実が突きつけられた。ソ連もおっ死
んで消滅した。

未熟なヒステリー女にはめらまらと、いやメラメラとヒステリ
ーの火が這い登るよりしろが必要なのだ。頭のいい人が言った。
(なに、「日本の過去」があるじゃないの)、とね。

先週も6チャンネルだったか、安倍氏の討論(たしか加藤広一
氏との対談だったと思うが)を見た。安倍氏のいうことはバラ
ンスが取れていてしっかりしているね。彼の場合は若いという
ことはハンデよりも利点のほうに働くのではないか。

以上八月へのおくりもの、でした。








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