詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

劇はどこにあるか

2005-02-17 21:49:38 | 詩集
鈴木忠志演出の「酒の神デュオニュソス」を見た。(2月13日、北九州劇場)驚くほど洗練された舞台である。舞台装置は小さな椅子と壁だけ。音楽はシンプル。そして役者は能役者のように最小限の動きしかしない。ほう、と溜息が洩れてしまう。
 しかし、感動するかといえば、私は感動しない。鈴木忠志が狙っている「ことば」を肉体として立ち上がらせる、その屹立することばと肉体を極限において出合わせるという手法は見ていて心地良い。確かにそこに鈴木の狙った「劇」はある。しかしそれは「芸術」としての劇に過ぎない。
 私はもっと乱暴なものを見たい。かつて白石加代子はたくあんをかじりながら、あるいは吐き出しながらせりふを言った。包丁を客席のそばまで放り投げ、観客がぎょっとするのを見て、にたーっと笑ってからせりふを言った。ぎょっとさせ、同時に陶酔に引き込んでいく魔力が消えてしまっている。
 富山の合掌造りの村の、古い古い農家。その古い家の構造のなかで役者の肉体がすり足で静かに動く。そして、その肉体の奥から声が立ち上って来る。しかもギリシャ悲劇のことばが立ち上って来る。そのいかがわしさのなかに、洗練とは対極にある「劇」の特権、見せてしまえば勝ちという力業というものがあった、と懐かしく思うのは私だけだろうか。 
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詩はどこにあるか(9)

2005-02-17 21:48:43 | 詩集
西脇順三郎「Ambarvalia」(筑摩書房『定本西脇順三郎Ⅰ』)

 西脇の詩に私が感じる「詩」は何よりもスピードだ。軽快さだ。口語のリズムだ。

 天気

(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとさゝさやく
それは神の生誕の日。  

 第一行の( )の使い方の不思議さ。このカッコは、「覆された宝石」が西脇自身のことばではなく、どこからか聞いてきたことばであることを語っているかもしれない。しかし、それを別のことばで説明するのではなく、カッコにいれてしまうことで独立させる。これは、誰かに聞かれたら、その段階で説明すればいい――というような発言の一種の注釈だろう。
 ことばか指し示すイメージも美しいが、そのイメージに隠れている素早い精神のあり方が、本当は西脇の「詩」を特徴付けているだろう。

 西脇の詩は、また音も美しい。この詩では繰り返れる「さ行」の音の響きがすばらしい。

 雨

南風は柔い女神をもたらした。
(略)
静かに寺院と風呂場と劇場をぬらした。
この静かな柔い女神の行列が
私の舌をぬらした。

 「風呂場」という口語のぶかっこうな響きの美しさ。これが「浴場」だったら、この詩は、つまらなくなった。少なくとも私にはつまらなく感じられる。
 「浴場」「劇場」では音が重なっておもしろくない――という理由もあるが、同じ「場」が「ば」と「じょう」と読まれるときの意識の撹乱のおもしろさ。「風呂場」という口語が引き起こす不協和音のような音の美しさがある。

 西脇のことばには濁音の美しさがあふれている、とも感じる。

 また、この詩では、「静かに寺院と……」「この静かな柔い女神の……」と「静かな」が素早く繰り返されている点にも西脇の口語の特徴がよくでていると思う。
 ことばの整理が行き届いていないのではなく、西脇はことばの整理をしないのだ。口語そのままのリズム、スピードでことばを運ぶ。

 こうした特徴は、次の作品に端的にあらわれている。

この晴朗の正午に微風が波たつ。
星の輪が風にふるへる。
我が心も見えざる星と共にふるへる。 (「哀歌」)

 「正午」にどうして「星」が見える? と思った瞬間、「我が心も見えざる星と共に……」と修正する。これは口語ならではの修正である。
 文章としてきちんと書こうとすれば、こういう一種のいい加減な運び方はないだろう。
 西脇には、文語にはない自在な修正というか、直後の「訂正」があり、それがイメージを撹乱し、読者の精神に対する刺激になっている。

 これは、表現を変えて言えば、ことばの乱暴な飛躍ということかもしれない。西脇のことばは、落ち着いたことばの通い合いを拒否する。ことばのディグレーションによる変化ではなく、奇妙な衝突の音楽を大切にする。

 次のことばの展開も私は大好きだ。

僕の煙りは立ちのぼり
アマリリスの花が咲く庭にたなびいた。
土人の犬が強烈に耳をふつた。(「カリコマスの頭とVoyage Pittoresque)

 「土人」という表現は今では使わないが、この濁音がもたらす音の美しさは捨てることができない。この響きがあって「強烈」も生きて来る。
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