緒加たよこ「夕べのごぼう今朝の白菜」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年11月6日)
受講生の作品、ほか。
夕べのごぼう今朝の白菜 緒加たよこ
こうして台所にいると
2時間もたっていて
夕べのごぼう
今朝の白菜
ごはんつくるの?
と訊かれるけれど
つくるよだってだんだんきついいやになる
ずっと
こうして
暮らしてた
あのひとは
なにも
言い残しは
しなかった
けれど
こうして
時間は
残り
ときどきは
いつも
家にいれば
こうして
ときどきは
いつも
家にいれば
こうして
「こうして」の繰り返しに感想が集中した。時間がうつりゆく。日常を省みる。独り暮らしの寂しさ、無聊。
繰り返されていることばは、ほかにもある。
「残る」。最初は「言い残し(残す)」という形のなかに隠れている。それが一連目の最後に「残り」という形で静かにあらわれる。そして、最終行。「こうして」のあとに「残る」が書かれないまま、書かれているように感じる。
何が残るのか。私は「時間」と読んだ。それは「私の時間」、あるいは「あなたと私の時間」であると同時に、誰のものでもない「絶対的な時間(永遠)」のようにも感じる。「時間」のなかには、すべてが「残っている」。だから、それは永遠なのだろう。
タイトルにも意見が相次いだ。とてもおもしろい。そして、もしこれが「今朝の白菜夕べのごぼう」だったら印象は違ってきたと思う。今朝から夕べへの動きだと、時間の流れが日常的すぎる。さかのぼる感じが、意識をひっかく。それがおもしろい。そしてそれはそのまま「過去(変わることのない時間=永遠)を思い出す」という意識の動きを隠している。
*
みのり 杉惠美子
曇天の日が続いた
視点も定まらず
季節も忘れて歩き続けた
降り立った処は
無人駅
音のない空気感と
音のない呼吸感
吸い込まれるように歩いていたら
私を呼び止める まあるい実
濃い緑の中に膨らんだ
たくさんの椿の実
不思議な爆発を感じる
小さな実の確かさ
初めて感じた
弾けるエネルギーを包む
空気の新鮮さ
遠くに一心に歩く人がひとり
満月の夜がきた
「曇天の日」からはじまり「満月の夜」に変化していく、途中に登場する「椿の実=新鮮」の効果に、共感が集まった。
私は四連目の「呼び止める」ということばが、とてもおもしろいと思った。その直前の三連目には「音のない」が二度繰り返されている。「呼び止める」とき、そこにはたいていは「声(音)」が存在する。しかし、この詩では「音(声)」をもたない椿の実が呼び止めるのである。
そして、音を聞かなかった杉は、椿の「爆発」を思う。そこには書かれていないが「音(爆発音)」が隠れている。この爆発は、ブラックホールのようなエネルギーをもっている。
この詩は、かなり「ぜいたく」な終わり方をしている。受講生が共感したように、曇天から満月への動きが速くて(多彩で)引きつけられるのだが、「遠くに一心に歩く人がひとり」で終わっていたとしても、とてもおもしろいと思う。椿の実と出合うことで生まれ変わった杉自身が、「ひとり」となって自分よりも遠く(未来)を一心に歩いている。それは杉を導く歩みだろう。
しかし、そこで終わらずに「満月」を登場させる。この満月は、遠くを歩く「ひとり」を真上から照らしているのかもしれない。
*
わたしの手から 青柳俊哉
わたしの手からわかれた鳥が
空の向こうのひらかれた無限の空間へ
水面からつきだす彫刻のような指先に
稲妻がともる それは光をもとめる
手の空の結晶作用である
水辺に重ねられた葦とすすきの
葉先に氷のつぶがとまる ふきわたる
天体の息の二相系として
かれをうみだしたもうひとつの世界へ
光や氷とよばれるこの世界の外へ
かれはそこからわたしへ信号を送る
わたしたちがひとつでありつづけると
杉の詩に、満月と作者の「交信」があったように、あるいは椿の実と作者の「交信」がある。最後に「わたしへ信号を送る」ということばが、そ「交信」を語っている。
「わたしの手からわかれた鳥」という書き出しがとても印象に残る。「手からわかれた」は「手が鳥になって」飛び立ったということだろう。「かれ」と書かれているが、それは第三者ではなく、もともと作者自身だった。だからこそ「交信」することで「ひとつ」になる(戻る)。
宇宙観、輪廻を感じたという感想があったが、輪廻とは「無限」ということでもあるだろう。
*
貧乏な椅子 高橋順子
貧乏好きの男と結婚してしまった
わたしも貧乏が似合う女なのだろう
働くのをいとう男と女ではないのだが
というよりは それゆえに
「貧乏」のほうもわたしどもを好いたのであろう
借家の家賃は男の負担で
米 肉 菜っ葉 酒その他は女の負担
小遣いはそれぞれ自前である
当初男は毎日芝刈りに行くところがあったので
定収入のある者が定支出を受け持ったのである
そうこうするうち不景気到来
男に自宅待機が命じられ 賃金が八割カットされた
「便所掃除でもなんでもやりますから
この会社に置いてください」
と頭を下げたそうな
そうゆうところはえらいとおもう
家では電灯の紐もひっぱらぬ男なのである
朝ほの暗い座敷に坐って
しんと煙草を喫っているのである
しかし会社の掃除人の職は奪えなかった
さいわい今年になって自宅待機が解除され
週二回出勤の温情判決が下った
いまは月曜と木曜 男は会社の半地下に与えられた
椅子に坐りにゆくのである
わたしは校正の仕事のめどがつくと
神田神保町の地下の喫茶店に 週に一度
コーヒーを飲みに下りてゆく
「ひまー、ひまー」
と女主人は歌うように嘆くのである
「誰か一人来てから帰る」
わたしは木の椅子にぼんやり坐って
待っている
貧乏退散を待っていないわけではないのだけれど
何かいいことを待っているわけでもない
車谷重吉との生活を彷彿とさせる作品だが、高橋順子を知らない受講生から、「芝刈り」や「自宅待機」ということばをめぐって、「いつの時代だろう」という声が出た。
実際の生活を描きながらも「毎日芝刈りに行く」とか「週二回出勤の温情判決」というような「比喩」が、そのまま「物語」を呼び込みそうな構造になっている。
私は「そうゆうところはえらいとおもう」が、この詩をささえていると思う。
他の行は「比喩」ではあっても、「事実」である。たとえば「芝刈りに行く」は「出社する」を言い換えたものと書き直せば「客観的」になる。ところが、この「そうゆうところはえらいとおもう」だけは「客観」にはなり得ないこと、「主観」である。
なんというか、のうのうと(?)主観を、しかも肯定的な主観(えらいとおもう)をあからさまに書いている。ここに不思議な「愛している」という感情があふれている。貧乏であっても愛があるから楽しい、という、ごくあたりまえのことが平然と書かれている。しゃあしゃあと書いている。
偉いと思う。
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