「一九〇三年十二月」は「一九〇三年九月」のつづき。だから「一九〇三年九月」ということばも出てくる。つまり、あれから三か月。
よしんばきみの黒髪を、くちびるを、眼をうたえぬとしても、
カヴァフィスは、ひとつの恋をあきらめたのだ。そして、そのとき「よしんば」ということばをつかっている。なぜ、「たとえ/かりに」ではなく「よしんば」なのか。「たとえ/かりに」では言いあらわせないことが、そこに含まれている。「強い」感情が含まれている。
語りたいのだ。歌いたいのだ。黒髪を、くちびるを、眼を。だからこそ、黒髪、くちびる、眼ということばを書いている。「うたえぬ」といいながら、すでに語っている。つまり、これは「撞着語」というか「撞着文体」なのである。それを「よしんば」ということばが強調している。
もし、この一行にことばを補うとしたら。「隠れていることば」を引っ張りだすとしたら……。
思いっきり、思いのままに、ほしいままに、だろう。
よしんばきみの黒髪を、くちびるを、「ほしいままに」眼をうたえぬとしても、
なぜ、「ほしいままに」を書かなかったか。それは「よしんば(縦しんば)」の「縦」という文字の中に「ほしいまま、こころのままに」という意味が含まれているからである。「縦」という文字には「はなつ」とか「ゆるす」「ゆるめる」という意味もある。
したがって、この「よしんば」は、この詩の、実はキーワード(思想)なのである。書かれていない「ほしいまま」を読み取らなければ、そうせずに「要約」してしまえば、これは多くの「恋をあきらめた詩」になってしまう。
書かれなかったことば、書かれたことばの肉体の内部に動いている「いのち」を読み取り、それを暗示させる。中井の訳詩は、そういうことをしている。
余談だが。(この項、「藤井貞和の書評」と関連しているので、この文章の前の文章を参照してください。)
野沢啓という詩人・評論家が『言語隠喩論』という本のなかで、「隠喩」と詩の関係、あるいはことばの発生について様々なことを書いているが、私がいま指摘したような「隠喩(「よしんば」が「ほしいまま」を隠している)というような具体例は書いていない(ように、私は読んだ)。
かわりに何やら古今の哲学者、評論家の文章を引用し、詩を隠喩と結びつけ「特権化」している。
「ことばの肉体」に注目すれば、「隠喩」は、さまざまな形をとって、いのちそのものに触れている動きだとわかる。人間の肉体の運動が矛盾を含んでいるように、「ことばの肉体」も矛盾を隠して動いている。そこに、あらゆる表現(詩だけではない)の、人を引きつけてやまない魅力がある。
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