田原『夢の蛇』(思潮社、2015年10月31日発行)
田原『夢の蛇』に書かれているのは中国だろうか、日本だろうか。「階段 画家廣戸絵美に」「蜘蛛の夢 梓路寺」のように「日本人」「中国の寺」が対象としてわかるように書かれている作品もあるが、「かならず」や「樹と鳥」のような作品では、それが「日本」なのか「中国」なのか、わからない。
いや、わからない、と書きながら、私はそこに「中国」を感じている。
この場合、そう感じるのは、私が「中国(あるいは日本)」に対して「固定観念」をもっているためにそう感じるのか、ほんとうに田原が「中国」での「体験」に触発されて書いているのか。
何だか、私自身が問われているような感じがする。
少し宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を思い出させることばの動き。
でも、賢治のことばの動き自体、どこか日本人離れ(?)をした部分があるからなあ。賢治の詩は「抒情」にどっぷりつかった、「ひらがな」のことばという感じはしない。ことばが「鉱石」のようにごつごつしていて、ぶつかりながら流動していく感じがするからなあ。その「日本語」とは異質(?)な感じが魅力的だから、賢治を思い起こすからといって「日本」ということにはならないなあ。
この詩には「かならず」が格連の一行目と三行目に繰り返される。「かならず」の「位置」は違うけれど、それが逆に「かならず」を浮かび上がらせる。「定型」と「非定型」が緊張を高めている。この緊張感と、緊張を破って動くことばの強さ--それは、「漢詩」を思わせる。
「漢詩」から感じるのは、緊張と開放の結合。
自然の非情さと向き合い、感情を点検する前半の二行。これは、もう完全に「漢詩」の世界。(「直接」という表現には、イスラム的な感じもする。中国人も「直接」を重視するのかもしれないが、日本語ではこういうとき「直接」とは言わないよう私は感じている。「異国」を強く感じてしまう。)
特に、後半の二行の動詞の使い方が「漢詩」。
この「委ねる」が「漢詩」だなあ。中国語だなあと思う。私は中国語を知らないのだけれど。日本語だと、空を飛ぶ鷹の目になって世界を見る。「委ねる」ではなく「なる」。対象と「一体化」してしまう。中国語は、対象は対象として存在させ、私は私として存在する。「共存」する。「委ねる」は自己を託すことだから「一体化」と似ているが、「融合」はしていない。
俳句では「遠心・求心」という言い方があると思うが、「遠心・求心」というのは反対の動きが「一体」になり、その瞬間に「もの」が「宇宙(世界)」になる感じ。私の目は鷹の目に「なる」、私の肉体は鷹の翼に「なる」というのが「日本語」であって、「委ねる」とは言わない。
まあ、これは私の「日本語感覚」なので、他の人は違う感じを持っているかもしれないけれど。
で、「漢詩」を感じると書きながら、少し違ったことも感じる。
「その翼」の「その」。「鷹の」という意味。英語ならば定冠詞(the )になるのかな? それとも「his 」のような形をとるのかな? その瞬間に噴き出てくる世界の「持続感」、あるいは「粘着感」。
これがとっても「日本語」っぽい。ねちっこい。
中国語にも「その」を指し示すことばはあると思うが、「漢詩」の場合、そのことばは必須なのだろうか。「その」を含まないと、意味が通じないのだろうか。なくても通じるけれど「字数あわせ(定型)」のために使われるのだろうか。具体的に例をあげることはできないのだけれど、私の印象では、「漢詩」では「その」ということばがつかわれていても、それは必須ではなく(それがないと意味が通じないというわけではなく)、「定型」のためにそこにある、という感じがする。「意味」を伝えるためにつかうにしては、そのことばが弱すぎるように感じられる。(他のことばの印象が強すぎる、ということかもしれないが……。)
日本語の場合でも、
と、「その」がなくても、だれでも「鷹の翼」と思う。つまり「その翼」以外には読まないと思うけれど、「その翼」という表現の方が、より「日本語」になると思う。
特に戦後の学校教育(国語教育)で育った私たちの世代は、「その翼」を「理解しやすい」と感じると思う。
(これは、その前の「その残忍さ」にも通じる。「その海の残忍さ」であることが、「その」によってわかりやすくなる。外国語教育、英語教育の「定冠詞」の指導が、日本語の「その」を強くしたのだと思う。)
で、そういう「日本語」と「中国語(漢詩)」の入り交じった部分を読んだあとの四連目。
わっ、完全に「漢詩」。こういう「学ぶ」は、日本語の場合「禅」のひとが使うかもしれないけれど、日常はつかわないなあ。
それに、ほら、二行目に「その」がないでしょう?
「鋭い剣」というのは「山嶺」の比喩だけれど、比喩であることを明確にするために「その鋭い剣!」と、私なら書いてしまうだろうなあ。三連目で「その残忍さ」「その翼」と書く日本人なら、きっと「その鋭い剣!」と書いてしまう。
そこが、きっと中国人である田原と、日本語のなかだけで育ってきた日本人との違いだと思う。
は「柩」の比喩が強烈だが、それよりも「聞き分ける」という動詞の使い方が、やはり「漢詩」っぽい。「聞き分ける」の「分ける」は「分節する」ということだが、この感じも「説明する」ときにはそうするかもしれないが、詩では書かないなあ。
このとき、芭蕉は「水の音」を「分節」しているのではなく、「水の音」になっている。「古池」にも「かわず」にもなっている。「とびこむ」という「動詞」にもなっている。「未分節」として、そういう「世界」がある。日本語の詩(伝統的な俳句)は、世界を「分節」するのではなく、世界を「未分節」にもどす。
そういう「特徴」を持っている。
ちょっと(かなり?)論理は飛躍するのだが……。
谷川俊太郎の「かっぱ」。この詩を田原は訳している( 123ページ)。中国語はわからないので、その訳については何も言えないが、谷川が一連の詩でやっていることは、いわば「意味」を突き破って「未分節」の「音」を「音楽」として育てるという詩である。
「意味」を「分節」しつづける漢詩(漢字と言った方がいいかも)では、それはなかなかむずかしいと思う。「分節する」ことを「やめる」ということが、たぶん「表意文字」である「漢字」の「肉体」には合致しないのである。
だから(?)、
中国人である田原が日本語で詩を書きながら、次のように書くのは、ごく自然なことのように感じられる。
「唐詩」だけではなく、孔子に立ち戻っているかもしれない。「学んで時にこれを習う。またよろこばしからずや。」
そういう「唐詩」の精神を引き継いだ「結晶」のようなものを、たとえば「樹と鳥」の最終連に、私は感じる。(これは、「唐詩」をろくに読んだことのない私の「誤読」なのだが……。)
「鳥」と「樹」の「対」。俳句の「ひとつ」、「一体(融合/遠心・求心」に対して「漢詩」は「対(句)」である。かならず「自分」と「他者」であり、そこから「運動」がはじまる。「意味」がはじまる。「意味」とは「自己」と「他者」の関係のことである。
この「意味」の強さ、「意味」を「分節」する、「意味」を「生み出す」のが「漢詩」、あるいは中国の詩、田原の詩ということになる。
だから、「かならず」にもどって付け加えると。
最終連に私は飛び上がってしまった。びっくりして、あっと叫んだ。
この「自分」と「他者」の向き合い方、問いの提出の仕方は、やはり中国人がするものなのだろうか。多くの中国人(ふつうの中国人)が抱く疑問なのだろうか。「自分」と「他者」という「二元論」は中国人にとって「疑問」になりうるのか。
この私のびっくり(疑問)は、とんでもない「誤読」なのかもしれないが。
それはたとえば「この世」と「かの世」という「対」への「違和感」として残る。私は「この世」と言えば「あの世」とつないで考えてしまう。「かの世」というのは「この世」でも「あの世」でもない。
この「かの世」が「他人」と「対」になっているのだろうか。「自分」は「この世」、「他人」は「かの世」。うーん、たしかに「自分(私)」に対して「他人(彼/かの人)」という「構造」をあてはめると「この世」に対して「かの世」になるのだけれど。
「あの世」の「あ」は「あなた」の「あ」なのか。知っている存在なのか。ずるずるとつながっている「世」なのか。
「この世/かの世」「自分/他人」「私/彼」。そこにある「切断」を、日本人(私だけ?)は見落としているので田原のことばに驚いたのか。
田原は、この最終連で、何を「分節」しているのだろうか。「意味」にしているのだろうか。
衝撃が大きすぎて、混乱してしまう。
田原『夢の蛇』に書かれているのは中国だろうか、日本だろうか。「階段 画家廣戸絵美に」「蜘蛛の夢 梓路寺」のように「日本人」「中国の寺」が対象としてわかるように書かれている作品もあるが、「かならず」や「樹と鳥」のような作品では、それが「日本」なのか「中国」なのか、わからない。
いや、わからない、と書きながら、私はそこに「中国」を感じている。
この場合、そう感じるのは、私が「中国(あるいは日本)」に対して「固定観念」をもっているためにそう感じるのか、ほんとうに田原が「中国」での「体験」に触発されて書いているのか。
何だか、私自身が問われているような感じがする。
かならず人々の中に帰っていき
嘲りや罵りを丁寧に聞き 暴力について考えを巡らす
かならず広場に出ていって
独断を指弾しごまかし欺きを暴き出す
ずらされた歴史をかならず糾弾し
その真実を復元する
失われた記憶をかならず探して取戻し
再びそれを浮かび上がらせる
少し宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を思い出させることばの動き。
でも、賢治のことばの動き自体、どこか日本人離れ(?)をした部分があるからなあ。賢治の詩は「抒情」にどっぷりつかった、「ひらがな」のことばという感じはしない。ことばが「鉱石」のようにごつごつしていて、ぶつかりながら流動していく感じがするからなあ。その「日本語」とは異質(?)な感じが魅力的だから、賢治を思い起こすからといって「日本」ということにはならないなあ。
この詩には「かならず」が格連の一行目と三行目に繰り返される。「かならず」の「位置」は違うけれど、それが逆に「かならず」を浮かび上がらせる。「定型」と「非定型」が緊張を高めている。この緊張感と、緊張を破って動くことばの強さ--それは、「漢詩」を思わせる。
「漢詩」から感じるのは、緊張と開放の結合。
咆哮する海とかならず直接向き合い
海とともにその残忍さを悲しむ
旋回する鷹をかならず仰ぎ望み
私の眼差しをその翼に委ねる
自然の非情さと向き合い、感情を点検する前半の二行。これは、もう完全に「漢詩」の世界。(「直接」という表現には、イスラム的な感じもする。中国人も「直接」を重視するのかもしれないが、日本語ではこういうとき「直接」とは言わないよう私は感じている。「異国」を強く感じてしまう。)
特に、後半の二行の動詞の使い方が「漢詩」。
私の眼差しをその翼に委ねる
この「委ねる」が「漢詩」だなあ。中国語だなあと思う。私は中国語を知らないのだけれど。日本語だと、空を飛ぶ鷹の目になって世界を見る。「委ねる」ではなく「なる」。対象と「一体化」してしまう。中国語は、対象は対象として存在させ、私は私として存在する。「共存」する。「委ねる」は自己を託すことだから「一体化」と似ているが、「融合」はしていない。
俳句では「遠心・求心」という言い方があると思うが、「遠心・求心」というのは反対の動きが「一体」になり、その瞬間に「もの」が「宇宙(世界)」になる感じ。私の目は鷹の目に「なる」、私の肉体は鷹の翼に「なる」というのが「日本語」であって、「委ねる」とは言わない。
まあ、これは私の「日本語感覚」なので、他の人は違う感じを持っているかもしれないけれど。
で、「漢詩」を感じると書きながら、少し違ったことも感じる。
私の眼差しをその翼に委ねる
「その翼」の「その」。「鷹の」という意味。英語ならば定冠詞(the )になるのかな? それとも「his 」のような形をとるのかな? その瞬間に噴き出てくる世界の「持続感」、あるいは「粘着感」。
これがとっても「日本語」っぽい。ねちっこい。
中国語にも「その」を指し示すことばはあると思うが、「漢詩」の場合、そのことばは必須なのだろうか。「その」を含まないと、意味が通じないのだろうか。なくても通じるけれど「字数あわせ(定型)」のために使われるのだろうか。具体的に例をあげることはできないのだけれど、私の印象では、「漢詩」では「その」ということばがつかわれていても、それは必須ではなく(それがないと意味が通じないというわけではなく)、「定型」のためにそこにある、という感じがする。「意味」を伝えるためにつかうにしては、そのことばが弱すぎるように感じられる。(他のことばの印象が強すぎる、ということかもしれないが……。)
日本語の場合でも、
私の眼差しを翼に委ねる
と、「その」がなくても、だれでも「鷹の翼」と思う。つまり「その翼」以外には読まないと思うけれど、「その翼」という表現の方が、より「日本語」になると思う。
特に戦後の学校教育(国語教育)で育った私たちの世代は、「その翼」を「理解しやすい」と感じると思う。
(これは、その前の「その残忍さ」にも通じる。「その海の残忍さ」であることが、「その」によってわかりやすくなる。外国語教育、英語教育の「定冠詞」の指導が、日本語の「その」を強くしたのだと思う。)
で、そういう「日本語」と「中国語(漢詩)」の入り交じった部分を読んだあとの四連目。
かならず山嶺に学ぶ
--黒雲を突き破る鋭い剣!
かならず峡谷の木霊から
空中の柩の呟きを聞き分ける
わっ、完全に「漢詩」。こういう「学ぶ」は、日本語の場合「禅」のひとが使うかもしれないけれど、日常はつかわないなあ。
それに、ほら、二行目に「その」がないでしょう?
「鋭い剣」というのは「山嶺」の比喩だけれど、比喩であることを明確にするために「その鋭い剣!」と、私なら書いてしまうだろうなあ。三連目で「その残忍さ」「その翼」と書く日本人なら、きっと「その鋭い剣!」と書いてしまう。
そこが、きっと中国人である田原と、日本語のなかだけで育ってきた日本人との違いだと思う。
空中の柩の呟きを聞き分ける
は「柩」の比喩が強烈だが、それよりも「聞き分ける」という動詞の使い方が、やはり「漢詩」っぽい。「聞き分ける」の「分ける」は「分節する」ということだが、この感じも「説明する」ときにはそうするかもしれないが、詩では書かないなあ。
古池やかわずとびこむ水の音
このとき、芭蕉は「水の音」を「分節」しているのではなく、「水の音」になっている。「古池」にも「かわず」にもなっている。「とびこむ」という「動詞」にもなっている。「未分節」として、そういう「世界」がある。日本語の詩(伝統的な俳句)は、世界を「分節」するのではなく、世界を「未分節」にもどす。
そういう「特徴」を持っている。
ちょっと(かなり?)論理は飛躍するのだが……。
谷川俊太郎の「かっぱ」。この詩を田原は訳している( 123ページ)。中国語はわからないので、その訳については何も言えないが、谷川が一連の詩でやっていることは、いわば「意味」を突き破って「未分節」の「音」を「音楽」として育てるという詩である。
「意味」を「分節」しつづける漢詩(漢字と言った方がいいかも)では、それはなかなかむずかしいと思う。「分節する」ことを「やめる」ということが、たぶん「表意文字」である「漢字」の「肉体」には合致しないのである。
だから(?)、
中国人である田原が日本語で詩を書きながら、次のように書くのは、ごく自然なことのように感じられる。
かならず唐詩に立ち戻り
古人の知恵を復習する
かならず文明に疑いの目を向ける
地球を壊滅の方向へ引っぱっていかないように
「唐詩」だけではなく、孔子に立ち戻っているかもしれない。「学んで時にこれを習う。またよろこばしからずや。」
そういう「唐詩」の精神を引き継いだ「結晶」のようなものを、たとえば「樹と鳥」の最終連に、私は感じる。(これは、「唐詩」をろくに読んだことのない私の「誤読」なのだが……。)
鳥にとって樹は 永遠の信頼の宿り
樹にとって鳥は 自分が飛ぶというの夢
樹はたとえ伐採されても
鳥達の秘密を年輪の中に隠すだろう
鳥はたとえ射ち落とされても
くわえて運んだ樹の種から芽を出させるだろう
「鳥」と「樹」の「対」。俳句の「ひとつ」、「一体(融合/遠心・求心」に対して「漢詩」は「対(句)」である。かならず「自分」と「他者」であり、そこから「運動」がはじまる。「意味」がはじまる。「意味」とは「自己」と「他者」の関係のことである。
この「意味」の強さ、「意味」を「分節」する、「意味」を「生み出す」のが「漢詩」、あるいは中国の詩、田原の詩ということになる。
だから、「かならず」にもどって付け加えると。
最終連に私は飛び上がってしまった。びっくりして、あっと叫んだ。
かならず自分に問いかける
自分は他人ではないのかと
かならずこの世を問いなおす
この世はかの世とは別なのかと
この「自分」と「他者」の向き合い方、問いの提出の仕方は、やはり中国人がするものなのだろうか。多くの中国人(ふつうの中国人)が抱く疑問なのだろうか。「自分」と「他者」という「二元論」は中国人にとって「疑問」になりうるのか。
この私のびっくり(疑問)は、とんでもない「誤読」なのかもしれないが。
それはたとえば「この世」と「かの世」という「対」への「違和感」として残る。私は「この世」と言えば「あの世」とつないで考えてしまう。「かの世」というのは「この世」でも「あの世」でもない。
この「かの世」が「他人」と「対」になっているのだろうか。「自分」は「この世」、「他人」は「かの世」。うーん、たしかに「自分(私)」に対して「他人(彼/かの人)」という「構造」をあてはめると「この世」に対して「かの世」になるのだけれど。
「あの世」の「あ」は「あなた」の「あ」なのか。知っている存在なのか。ずるずるとつながっている「世」なのか。
「この世/かの世」「自分/他人」「私/彼」。そこにある「切断」を、日本人(私だけ?)は見落としているので田原のことばに驚いたのか。
田原は、この最終連で、何を「分節」しているのだろうか。「意味」にしているのだろうか。
衝撃が大きすぎて、混乱してしまう。
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