堤隆夫『伝説の少女Rへ』(海鳥社、2003年12月25日発行)
堤隆夫『伝説の少女Rへ』の「私以前の私」に、こういう行がある。
私は母を殺した
ああ 母という名の具象なる存在よ
私は 今夜も 刮目して待つ
庭のサンルームの屋根をたたく
夜半の 団栗の落下音
その音は まぎれもなく 母の鼓動
母が好きだった樫の木
母は今夜も私に啓示す
「私は今も生きているのよ」
詩集の中で、私が好きな部分である。特に「母が好きだった樫の木」がすばらしい。樫の木、団栗の落下をとおして堤と母が対話している。母が好きだったものが何か知っているくらい、堤は母を知っている。つまり、母が大好きだった。それなのに、堤は、母を殺した。けれども、母は殺されはしなかった。「私は今も生きているのよ」。それを、堤は知っている。「直角」している。
母は、どこにいるのか。どこで生きているのか。堤の肉体のなかに生きている。
どういう肉体か。
「ハイパーアルコールシティ」のなかに、堤と母との、忘れることのできない対話が記されている。単なることばではない。きちんと「肉体」をとおして、声にして、語ったことばである。堤の「肉体」は、それを忘れることはない。
きれぎれの 顎呼吸の合間から
「ワタシ モウ シヌカモシレナイ ジョウダンデ
キイタラ イケマセンヨ」
「ナニ ヘンナコトイッテルノ オカアサン
モウスコシ ガンバッタラ ヨクナルカラ」
「母を殺した」とは、母のことばに対して嘘を言ってしまった。母のことばをしっかりと受け止め安心させることができなかったという後悔が言わせることばである。
詩は、こうつづいていく。
わたしは この時ほど 人生を恐ろしく切なく
おもったことは ついぞなかった
初めて聞く 母の絶望と諦観の言葉
わたしの嘘は 地獄だった……
でも わたしには分かる
父は早世して わたしを 父の呪縛から解き放ち
自由の刑をあたえた
母はその代わり 子の不憫を 母の勇気ではねとばし
わたしに 感愛の刑をあたえた
「アイスルココロト カナシミノココロ
ワタシニ オシミナク アタエテクレテ
オカアサン アリガトウ
ホントウニ アリガトウ」
堤の詩には「カナシミ」「カナシミノココロ」ということばがよく登場するが、それは、こういうこととなのである。愛しているからこそ、嘘をつかなければならないときがある。愛しているからこそ、ほんとうのことを言わなければならないときがある。そのとき、ひとは、それが嘘であるとわかる。そして、ほんとうであることもわかる。「正直」を直覚するのは、こういうときだろう。
堤は、それを「刑」と定義している。人間は「刑」を背負っていきる存在である。だれも「刑」を背負っていきたくはないかもしれないが、「刑」を背負っているからこそ、「正直」に目覚めるのだろう。
「矛盾」のなかでしか、つかみきれないものがある。
私がつかった「肉体」という表現は、たぶん、わかりにくいことばだと思う。しかし、どうしても「肉体」と書いておきたいのである。
堤自身も、「ことば」ではなく、というか、ことばと呼ぶには違うものを、母との対話のなかで感じていると思う。だから、そこにはふつうの表記のような、ひらがな、漢字がなく、すべてがカタカナで書かれている。
堤は、そこでは、多くのひとが「共有」していることばではなく、堤の「肉体になったことば=肉体から切り離せないことば」を書いている。そのことばは、堤の「肉体」になってしまっているのである。
「カナシミ」を「悲しみ/哀しみ/愛しみ/かなしみ」と書いてしまうと、それは堤の「肉体のことば」ではなくなる。母に嘘をついたときの「正直」とは違ったものになってしまう。
堤は、また「カナシミノココロ」を「感愛」という漢字のルビとしてもつかっている。あえて「共有」できる表記にするなら「感愛」ということだろう。
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