木村草弥『四季の〈うた〉草弥のブログ抄』(澪標、2020年12月01日発行)
木村草弥『四季の〈うた〉草弥のブログ抄』は木村がブログで書いてきた詩歌の批評集。私はあまり本を読まないので、知らないことばかりが書いてある。さらに私は、本を読むとき好き勝手に読んでいるので、「常識」とはかけはなれた読み方をしてしまう。木村の批評に出会って、えっ、そういう意味だったのか、とびっくりする。「そういう意味だったのか」と書いたが、私にあらかじめ感想があるわけではなく、そのとき初めて知った作品に対してそう思うのだけれど。
その例をひとつ。
飯田蛇笏の「老いの愛水のごとくに年新た」という句を引いて、こう書いている。
彼は、老いの愛は「水のごとく」と詠むが、今の老人がどうかは読者の想像にまかせたい。
この木村の批評を読んで、あ、「老いの愛/水のごとくに/年新た」と詠むのかとはじめて気がついた。私は「老いの/愛水のごとくに/年新た」と読んでいたのだ。そう読んで、この「愛水」を木村はどう読むのか、と期待した。
その期待(?)に答えるように、木村は
老人にも「愛」の感情とか「性」の欲求というものは、あるのである。
と書き始めている。「性」ということばがちゃんと出ている。
今の時代は、文明国では人々は長生きになり、老人も「性」を貪るらしい。
飯田蛇笏は七七歳で亡くなっているが、いまの私は彼の没年を超えた。
と文章はつづいている。
いよいよ木村自身が「性」を語るか、と思っていたら、冒頭に引用した一行である。あ、「愛水」ではなく、「愛/水のごとく」なのか。「愛=水」なのか。
まあ、「淫水」ということばはあるが、「愛水」ということばはないようだから、私が誤読しただけなのだけれど。「淫水」ではなく「愛水」か、ちょっとしゃれているなあ、詩につかえるかもと思ったのが間違いの最初だったのだ。
詩は、テキトウなことば、でたらめな(つまり流通していない)比喩があたりまえというか、「売り」のひとつになっているから、「新しいことば」に出会うと、私はついつい興奮してしまう。その「癖」がでたということか。
しかしね、
■八十の恋や俳句や年の花 細見しゆうこ
こうなると、「すごいね」と言う他はない。
ピカソは八〇歳にして何番目かの妻に子を産ませているから不思議ではない。
と木村は書いている。
やっぱり「性」について書いている。だったら「愛水=淫水」であってもいいじゃないか、と思うのである。
私の大好きなスケベなピカソのことも書いてあるし。
で、少し脱線して書いておくと、ピカソが何回結婚したか知らないが、七人の恋人がいる。そして子どもは四人。最後の子どもはパロマで、1449年生まれ。ピカソは1881年生まれだから、八十歳のときの子どもではない。ただし、ピカソの最後の妻(恋人)ジャクリーヌとは1953年に出会っている。七十歳すぎである。このジャクリーヌとの出会いがもう少し早かったら、「私はピカソの隠し子」として生まれていた可能性がある。……私は、どこまでもどこまでも、自分中心に「世界」を見つめるくせがあるので、こんなことを考えたりもするのである。
こういう私の「脱線」を修正するためではないだろうけれど、木村は、こんなふうに締めくくっている。
最後に、きれいな、美味な、美しい句を引いて終わりたい
■明の花はなびら餅にごぼうの香
(略)
この餅を貫いている「棒」は、「ごぼう」を棒状にカットして甘く柔らかく煮たもので、微かに牛蒡の香りがする。掲出句は、それを詠んでいる。
なるほど。
しかし、「棒」とか「貫く」ということばは、やはり、私には性につながることがらを思い起こさせる。
いくらていねいに説明されても、なかなか最初の「思い込み」を洗い落とすのはむずかしい。
こういう奇妙なことは、ふつうは思っても書かないかもしれない。でも、私は思ったことは思ったこととして、それが間違いだとしても、あるいは筆者に対して失礼だとしても、書いておきたいのである。
何かしらの「必然」があって、私はことばを「誤読」する。もちろん「必然」というものはなく、単なる「無知の誤読」ということかもしれないけれど、それはそれで「無知」であることが私の生き方なのだから。
別のことも書いておく。坪野哲久というひとの短歌が紹介されている。そのなかに、こういう一首がある。
母よ母よ息ふとぶととはきたまへ夜天は炎えて雪零すなり
なんともいえず「肉体」そのものに迫ってくる。「夜天は炎えて雪零すなり」という情景を、私は知っている、と思う。私の母は冬ではなく、五月に死んだのだが、冬に死んだらやっぱり「夜天は炎えて雪零すなり」という日だったか、と夢想する。私は冬に生まれ、雪になじみがあるので、雪にひっぱられるようにして、そう読んでしまうのだろう。
この歌について、木村は、こう書いている。
ふるさと石川県に臨終の母を看取った時の歌であろうか。
ときあたかも冬の時期であったようで、能登の怒濤の寄せる海の景物と相まって、母に寄せる心象を盛った歌群である。
私は富山の生まれである。能登半島の付け根である。だから能登の海は知っている。能登の雪も知っている。
知らず知らずに、私は私の「肉体」が覚えていることを通して坪野の歌に向き合っていたことになるのだろうか。
こんな歌も、坪野は書いている。
母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤圧して太陽沈む
この冬の海も、私は「肉体」で知っている。「肉体」が覚えている。私は「肉体」が覚えていることをひっぱりだしてくれることばが好きである。
木村の書いていることへの「批評」ではなく、私の「肉体」が感じていることを、木村が書いているものを借りて書いてみた。木村が引いている膨大な詩歌(短歌、俳句が中心)のほとんどが私の知らないものである。「頭」で読み、「頭」で書いても、きっと「誤読」になる。おなじ「誤読」なら、「肉体」が感じるままの「誤読」の方が嘘を書かずにすむだろうと私は考えている。
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