■화가 이중섭 부산 피란시절 집 아트갤러리로 변신
画家イ・ジュンソプ、釜山避難生活当時の家 アートギャラリーに
(連合ニュース 8月6日)
우리나라 대표 근대화가인 이중섭이 6.25 전쟁 당시 부산 피란 시절
지내던 집이 아트갤러리로 변신한다.
韓国の近代美術を代表するイ・ジュンソプが、朝鮮戦争当時、釜山で
避難生活を送っていた住居がアートギャラリーとしてよみがえる。
부산 동구는 이중섭 화가가 살았던 범일동 자택을 매입해 아트갤러리로
꾸미는 사업을 진행 중이라고 6일 밝혔다.
釜山市東区役所は、イ・ジュンソプが暮らした凡一洞の住居を買い取り、
アートギャラリーに改装する事業を進めていると6日、発表した。
동구는 아트갤러리 외관을 이중섭이 살던 당시의 판잣집으로 재현한다.
東区役所によれば、アートギャラリーの外装は、イ・ジュンソプが暮ら
していた当時のバラック小屋を再現する。
-以下省略-
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韓国の近代美術を代表する画家、そして、おそらく現代韓国で最も
愛されている画家がイ・ジュンソプ(1916-56)である。
△代表作の一つ「あか牛」
日本統治下の朝鮮北部で裕福な家庭に生まれ、帝国美術学校(現・
武蔵野美術大学)や与謝野晶子が設立にかかわった文化学院で学んだ
経験を持つ。「韓国のゴッホ」とも呼ばれている。
日本人の妻、方子(まさこ)とは文化学院で出会った。
△「凡一洞の風景」
上記の記事にもある通り、そのイ・ジュンソプが朝鮮戦争中、1年間
ほど避難生活を送ったプサン市凡一洞では、目下、イ・ジュンソプ
ゆかりの坂道や住居を観光の目玉とする街おこしが進められている。
△代表作の一つである「白牛」
「ヲタク」が見るに、彼の代表作である「白牛」からは、しっかり
地に足をつけた強靭でたくましい精神性が感じられる。
戦争や貧困、孤独、その他一切の不条理なるものに抗(あらが)い
ながら、前に踏み出そうとする強い意志。
△日本の家族に送ったユーモラスな手紙画
その意志を支えていたのは、妻と2人の子どもに対する深い愛情
だったに違いない。
戦争中、イ・ジュンソプは、日本人の妻と2人の子どもを日本に
避難させた後、再びいっしょに暮らせる日の来ることを信じ、韓国を
転々としながら絵を描き続けた。
しかし、彼の生活や南北関係、日韓関係は思うように好転せず、
逆に貧困や周囲の背信(詐欺や絵画の代金未払い)、かさむ一方の
借金などに彼の苦悩は深まるばかりだった。
追い詰められた彼の精神と体は、しだいに蝕(むしば)まれていき、
ついには1956年、不遇の中、短すぎる生涯を閉じた。享年40歳。
彼の絵や家族に送った私的なイラストなどが韓国で大きな評価を
獲得するのは、彼の死後、それも1970年代以降の話だった。
△コネスト韓国地図より
次回のプサン訪問では、イ・ジュンソプゆかりの凡一1洞を、ゆっくり
散策してみるつもりである。
(終わり)
参加カテゴリ:地域情報(アジア)