2011年8月23日、2021年9月13日~11月30日で 中断していた「ブータン」編を再開します。
ブータンは最近まで事実上鎖国状態でしたが、現在は開国?して近代化、グローバル化の波に襲われています。
2011年10月7日に紹介した「登山禁令」、2011年11月30日紹介のプラスチックの使用販売の禁止、2011年9月19日紹介の森林伐採許可制などその対応の例でしょう。
今回は主にインフラの側面から近代化、グローバル化のいくつかを紹介します。
ブータンでは1960年までは車が通れる道路はありませんでした。したがって勿論車も一台もありませんでした。
1954年生まれの後に先代国王の后妃(国王の家族関係については2011年9月16日をご覧ください)になるドルジェ・ワンモ・ワンチュックが1963年生まれ故郷ブナカ(2011年8月23日地図)からブータン国境近くのインドの学校へ留学することになり、まず首都ティンプへ馬で3日、そこからインドからの援助によるこの年開通した自動車道路をジープでのインド国境近くのプンツォリオンの行程をその著「幸福大国ブータン」(p107)で次のように述べています。
「この旅はティンプまではゆっくりとして楽しかった旅と対照的に、自動車旅行への入門としての火の洗礼であり、悪夢の旅でした。と同時に***未知の世界のへの入門**新しい惑星への旅立ちでした」
さて写真は首都ティンプのメインストリートです。車も見えますね。御堂のような建物がありますが、ここに警察官がいて交通整理をします。以前ここに信号機がありましたが国王の「景観上似合わない」との一言で廃止になり、現在ブータン国内には信号機はありません。私の知っている範囲では信号機のない国はここ以外にマダガスカルがあります。