ホータンからカシュガルの途中にヤルカンドがあります。添乗員の中山さんの旅日誌には玄奘三蔵も帰りにここを通過したとあり、「地球の歩き方」ではマルコポーロの東方見聞録に”Yarkan”として登場しているそうです。
現在は鍛冶の盛んな街です。
ホータンからカシュガルに向けて西域南道を西に向かいます。ポプラ並木とロバ車はここではごくありふれた風景です。
Coloさんコメントありがとうございました。実は私も駒を自分で作ることは出来ませんでした。確か親父か年上の従兄弟に作ってもらった記憶があります。少年時代を思い出させ、それがここホータンでは大人の女性の遊びということで2年半たった今でも忘れることの出来ないシーンです。
夜の公園で「ブチゴマ」をしている人に出会いました。皆さん後存知ですか「ブチゴマ」を。私の子供の頃の駒遊びでした。適当な木(サクラの木がよかったのかな)を駒に細工をして写真のように鞭で叩き回すのです。ここで出会うとは。
街の風景を3枚。ホータンはクルミが名産でもあります。
Fengdanさんコメントありがとうございました。在日中国人のFengdanさんはやはりホータンの「玉」をお持ちだそうです。また、2月23日のクチャの公園風景はカンフーの練習とのことです。
2008年9月19日~10月7日にかけてカラーシャ族について紹介しました。そのなかでの「鳥葬」について少し疑問なこともあったので、このブログにも登場いただいた現地在住の日本人わだ晶子さんに確認のメールを出しました。ご返事がいただけてそれを2008年10月30日にこのブログに転載しました。その後、今回もう一度詳しい「鳥葬」説の間違いをご指摘いただきました。そこでその全文を転載します。ありがとうございました。なお、画像はわださんの著書で人物の右端の方がわださんです。
お元気で海外旅行をされていらっしゃるご様子ですね。お久しぶりにメールさせていただきます。ルンブール谷に住んでいるわだ晶子です。 今一時帰国で東京にきております。こちらはインターネットの環境がよいので、メールの整理をやっているところです。それで初めて山田さんの「百倍楽しむ海外旅行」を開かせていただきました。
2008年10月にあるカラーシャ族の鳥葬の件ですが、前にも返事しました通り、山田さんが撮られた写真は鳥葬の場ではなく、あれは昔の自然葬の墓場なのです。棺にはふたをして大きい石を置いて、犬や鳥から守るのですが、死者は正装で棺に入っていますので、外部からのアクセサリーなどを狙う泥棒がふたを開けて墓荒らしをするケースが増えたために、土葬にするようになったのです。墓場は不浄の場(かつ先祖の魂が眠る犯されてはならない場所)なので、地元の人たちは決して近づきません。そういった地元の慣習に無知な観光客やアンティークを探す泥棒たちにはカラーシャの人たちは困っているようですよ。しかし、囲いがあるわけではないし、番人がいるわけでもないので、ムスリムのツアーガイドさんたちもアトラクションという乗りでお客さんを連れていっているのは事実ですね。山田さんが撮られたあの場所のあのような写真は今までにも多くの研究者、旅行者から撮影されて、いろんなところで目にしています。世界初公開というのは大げさでは?
ちなみにパキスタンのガイドさんは場所を案内するガイドで民族学や歴史に関しては勉強していません。特にカラーシャ族に関しては。 ということです。せっかく感動されて発表されたブログですが、申し訳ありませんが、事実と異なる情報なので鳥葬の訂正をお願いします。今後も益々のご活躍をお祈りしております。
わだ晶子