夜の部の冒頭は、「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」で、最後の「河内山」の少しリラックスした舞台とは違って、非常に緊張した重厚な吉右衛門の舞台が楽しめる。
実質的に2時間近い舞台なのだが、深刻な悲劇であり最初から最後まで緊張の連続で、それも、東西随一の歌舞伎役者たちの饗宴でもあり、観客の方も気が抜けない。
実際は、徳川家康に追い詰められた大坂冬の陣を舞台にして、敵味方に分かれた真田信幸・幸村兄弟の武士の忠義をテーマにしたものだが、当時の舞台の常として、鎌倉時代に置き換えて、佐々木兄弟を主人公にしている。
源頼家(秀頼)と北條時政(家康・歌六)の間で戦いが起こり、時政の家来佐々木盛綱(信幸・吉右衛門)の一子の小太郎(玉太郎)が源側の軍師として仕える佐々木高綱の一子小四郎(宣生)を捕える。
高綱をおびき寄せる為に、時政は、小四郎を生かして人質とすることを命じるが、盛綱は、弟高綱が子の命を惜しんで降伏でもしたら武士の面目丸潰れとなるので、名誉の為に、母の微妙(小四郎には実祖母・芝翫)に小四郎を切腹させるべく説得を依頼する。
逃げ惑う小四郎と微妙との絡み、それに、子の安否を心配して駆けつけた高綱妻篝火(福助)、盛綱妻早瀬(玉三郎)が、裏の女の世界を演じて哀調を誘う。
小四郎を助けるべく出陣した高綱が討死したとして、時政が入来して、高綱の首実検役を盛綱に命じる。
首を取り出すと、小四郎が飛び出してきて「父上」と叫んで腹に刀を突き立てる。
偽首であったが、小四郎の意図を知った高綱は「高綱の首に相違ない」と嘘の証言をする。
時政は満足して去るが、盛綱は、主に偽証言をした罪を感じて自害しようとするが、影で見ていた和田兵衛秀盛(後藤又兵衛・左團次)が現れて、鎧櫃に忍んでいた時政の間者を撃ち殺して、今死ねば、時政に真実を知られて、小四郎の切腹が犬死となるので、高綱が挙兵してからでも良いのではないかと諭して幕。
この舞台の主役は、勿論、吉右衛門の盛綱だが、重要な役割を演じるのは、切腹を言い渡されて死ぬのは嫌じゃと逃げるのだが、偽首を見て父の挙兵の為に嘘を真実に糊塗した宣生の小四郎と、わが子兄弟の忠義の為とは言え、可愛い孫の小四郎に切腹を命じ、聞かないので刀にかけようとする芝翫の微妙である。
芝翫と橋之助の三男宣生とは、実際の祖父と孫であるから地を行くような舞台なのだが、お母さんの三田寛子と良く似た丸顔で可愛い宣生が素晴らしい舞台を努めていて清々しい。
三婆のひとつである微妙の芝翫は、正に適役で、三婆を、これだけの風格と気品に満ちて凛として演じられる役者は稀有であろう。男勝りの一本筋の通った、それでいて、一族の重圧を必死に背負いながらもびくともしない、しかし、人間の悲しさ辛さに同じ様に涙して心で泣く、そんな微妙を孫の宣生を相手に熱演している。
もう一人相性が良くて当然なのだが、小四郎の母篝火の福助は、宣生の叔父であり、まして、父の芝翫が何度も演じて傍で見ている篝火での登場であるから、とにかく、非常にしっくりした素晴らしい舞台を努めており、
それに、控え目ながら気品のある実に素晴らしい奥方を演じる早瀬の玉三郎が加わっているのであるから、勿体ないような女形の饗宴である。
この福助の篝火だが、「寺子屋」での母千代が実子・小太郎が官秀才の身替りに死ぬのを知って訪ねて来るように、高綱の命令で、小四郎が人質として捕えられて父の身代わりとして自害することを知っての登場であり、その虚と実の間の母の悲しみを実に丁寧に演じていた。
ところで、盛綱の吉右衛門だが、弟が挙兵したと聞いて「うろたえ者め・・・」と苦衷の表情を表すが、偽首と分った瞬間に小四郎が飛び出してきて腹に刀を差す。痛みに耐えながらじっと叔父盛綱を凝視する小四郎の苦悶の表情を見て、弟高綱の意図と小四郎の健気さを知って心の中で慟哭する。
父の偽首が届くまでは生き延びろ、そして、偽首が届いたら切腹しろ、と言い含められていた小四郎が、父の命令を寸分違わずに実行し終える、その非情さに泣きながら、武士の面目の為に家族を犠牲にする弟の忠義を認めて安堵する心の葛藤を実に感動的に演じている。
時々、花道奥を凝視しながら語りかける吉右衛門の共演相手は、正に、舞台には登場しない高綱であり、兄弟二重写しの熱演が激しく胸を打つ。実際は、吉右衛門は、運命の糸を操っていた高綱を、盛綱の姿を通して演じていたのである。
忠君愛国と言う封建時代の価値観に縛り付けられながらも、自分たちの置かれた位置をしっかりわきまえて、慟哭しながらも運命に殉じて行かざるを得なかった人々の苦悶の生き様を、吉右衛門が、微妙の芝翫ともども強烈に叩きつけたのがこの盛綱陣屋の舞台である。
末筆になったが、武士の中の武士を演じた秀盛の左團次、風格ある時政の歌六、注進役で登場した信楽太郎の松禄と伊吹藤太の歌昇も、実にはまり役で、素晴らしい舞台を見せていたことを付け加えておきたい。
実質的に2時間近い舞台なのだが、深刻な悲劇であり最初から最後まで緊張の連続で、それも、東西随一の歌舞伎役者たちの饗宴でもあり、観客の方も気が抜けない。
実際は、徳川家康に追い詰められた大坂冬の陣を舞台にして、敵味方に分かれた真田信幸・幸村兄弟の武士の忠義をテーマにしたものだが、当時の舞台の常として、鎌倉時代に置き換えて、佐々木兄弟を主人公にしている。
源頼家(秀頼)と北條時政(家康・歌六)の間で戦いが起こり、時政の家来佐々木盛綱(信幸・吉右衛門)の一子の小太郎(玉太郎)が源側の軍師として仕える佐々木高綱の一子小四郎(宣生)を捕える。
高綱をおびき寄せる為に、時政は、小四郎を生かして人質とすることを命じるが、盛綱は、弟高綱が子の命を惜しんで降伏でもしたら武士の面目丸潰れとなるので、名誉の為に、母の微妙(小四郎には実祖母・芝翫)に小四郎を切腹させるべく説得を依頼する。
逃げ惑う小四郎と微妙との絡み、それに、子の安否を心配して駆けつけた高綱妻篝火(福助)、盛綱妻早瀬(玉三郎)が、裏の女の世界を演じて哀調を誘う。
小四郎を助けるべく出陣した高綱が討死したとして、時政が入来して、高綱の首実検役を盛綱に命じる。
首を取り出すと、小四郎が飛び出してきて「父上」と叫んで腹に刀を突き立てる。
偽首であったが、小四郎の意図を知った高綱は「高綱の首に相違ない」と嘘の証言をする。
時政は満足して去るが、盛綱は、主に偽証言をした罪を感じて自害しようとするが、影で見ていた和田兵衛秀盛(後藤又兵衛・左團次)が現れて、鎧櫃に忍んでいた時政の間者を撃ち殺して、今死ねば、時政に真実を知られて、小四郎の切腹が犬死となるので、高綱が挙兵してからでも良いのではないかと諭して幕。
この舞台の主役は、勿論、吉右衛門の盛綱だが、重要な役割を演じるのは、切腹を言い渡されて死ぬのは嫌じゃと逃げるのだが、偽首を見て父の挙兵の為に嘘を真実に糊塗した宣生の小四郎と、わが子兄弟の忠義の為とは言え、可愛い孫の小四郎に切腹を命じ、聞かないので刀にかけようとする芝翫の微妙である。
芝翫と橋之助の三男宣生とは、実際の祖父と孫であるから地を行くような舞台なのだが、お母さんの三田寛子と良く似た丸顔で可愛い宣生が素晴らしい舞台を努めていて清々しい。
三婆のひとつである微妙の芝翫は、正に適役で、三婆を、これだけの風格と気品に満ちて凛として演じられる役者は稀有であろう。男勝りの一本筋の通った、それでいて、一族の重圧を必死に背負いながらもびくともしない、しかし、人間の悲しさ辛さに同じ様に涙して心で泣く、そんな微妙を孫の宣生を相手に熱演している。
もう一人相性が良くて当然なのだが、小四郎の母篝火の福助は、宣生の叔父であり、まして、父の芝翫が何度も演じて傍で見ている篝火での登場であるから、とにかく、非常にしっくりした素晴らしい舞台を努めており、
それに、控え目ながら気品のある実に素晴らしい奥方を演じる早瀬の玉三郎が加わっているのであるから、勿体ないような女形の饗宴である。
この福助の篝火だが、「寺子屋」での母千代が実子・小太郎が官秀才の身替りに死ぬのを知って訪ねて来るように、高綱の命令で、小四郎が人質として捕えられて父の身代わりとして自害することを知っての登場であり、その虚と実の間の母の悲しみを実に丁寧に演じていた。
ところで、盛綱の吉右衛門だが、弟が挙兵したと聞いて「うろたえ者め・・・」と苦衷の表情を表すが、偽首と分った瞬間に小四郎が飛び出してきて腹に刀を差す。痛みに耐えながらじっと叔父盛綱を凝視する小四郎の苦悶の表情を見て、弟高綱の意図と小四郎の健気さを知って心の中で慟哭する。
父の偽首が届くまでは生き延びろ、そして、偽首が届いたら切腹しろ、と言い含められていた小四郎が、父の命令を寸分違わずに実行し終える、その非情さに泣きながら、武士の面目の為に家族を犠牲にする弟の忠義を認めて安堵する心の葛藤を実に感動的に演じている。
時々、花道奥を凝視しながら語りかける吉右衛門の共演相手は、正に、舞台には登場しない高綱であり、兄弟二重写しの熱演が激しく胸を打つ。実際は、吉右衛門は、運命の糸を操っていた高綱を、盛綱の姿を通して演じていたのである。
忠君愛国と言う封建時代の価値観に縛り付けられながらも、自分たちの置かれた位置をしっかりわきまえて、慟哭しながらも運命に殉じて行かざるを得なかった人々の苦悶の生き様を、吉右衛門が、微妙の芝翫ともども強烈に叩きつけたのがこの盛綱陣屋の舞台である。
末筆になったが、武士の中の武士を演じた秀盛の左團次、風格ある時政の歌六、注進役で登場した信楽太郎の松禄と伊吹藤太の歌昇も、実にはまり役で、素晴らしい舞台を見せていたことを付け加えておきたい。