熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

新秋九月大歌舞伎・・・「加賀見山旧錦絵」

2008年09月15日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   新橋演舞場で、海老蔵、時蔵、亀治郎たちの熱演で、素晴らしい「加賀見山旧錦絵」の通し狂言が演じられている。
   私は、これまで、歌舞伎座で、玉三郎の中老尾上、仁左衛門と菊五郎の局岩藤、勘三郎と菊之助の召使お初の舞台を観ているのだが、今回は、がらりと雰囲気が変わった感じで興味深かった。
   海老蔵と亀治郎のヤングパワーの溌剌としたパンチの利いた演技が際立つ舞台だが、時蔵が、歌右衛門の指導で演じて15年ぶりだと言う中老尾上の重厚な演技が要となって舞台を支えている。

   町人の娘でありながら破格の出世をした中老尾上が、上司局岩藤(海老蔵)に妬まれ、更に、その一味のお家乗っ取りの陰謀を知ったために徹底的な追い詰めにあって自害するが、
   その無念を晴らす為に、二十歳になるかならないかの召使お初(亀治郎)が健気にも仇討ちを決行して成功する。
   女忠臣蔵と呼ばれているのは当然で、劇中、お初が、悲嘆にくれて意気消沈している尾上を励ます為に、この忠臣蔵の話を持ち出して短気を起こさぬようそれとなく言う。

   この歌舞伎は、人形浄瑠璃から移された加賀騒動を主題にしたもので、その内、この舞台の部分は、実際に実在した別の物語、すなわち、
   松平周防守宅で、中老みちが、局沢野の草履を履き間違えて、怒った沢野が草履をみちに投げつけたので、屈辱に耐えられずみちは自害し、その下女さつが、主人の仇を討ったという話を脚色したものだと言うのである。
   この悲劇の主人公中老を町人出身に置き換えて、人気のある忠臣蔵バリの胸のすく様な仇討ち話に仕立てたのであるから、人気が出ない筈がない。

   この舞台は、立役が演じる局岩藤の嫌味たっぷりの徹底した悪女振り、耐えに耐えて礼節を守る忠臣の中老尾上、そして、一途に主人のことを案じ続ける健気なお初の3人の女主人公の火花を散らすような対決が見もので、今、NHKで放映中の大河ドラマ「篤姫」を重ねて見ると面白い。

   海老蔵だが、上背があり中々整った顔立ちが風格のある局を思わせ、その上、第一印象が、團十郎や仁左衛門のようにはっきりと立役が演じているという感じではない分、中々の岩藤ぶりである。
   若さの所為か、それ程、どぎつい嫌味ぶりは感じないので多少淡白な岩藤だが、詰め掛けた海老蔵ファンには、意外なイメージチェンジなのか、男声で凄むところで笑いが飛び出る程度で劇中声がなく、健気で格好良い亀治郎のお初の方にばかり拍手が沸いていた。

   時蔵の中老尾上だが、非常に一つ一つの動作を噛み締めながら丁寧に演じ、それだけに、徹底した悲劇の主人公を際立たせていて、最後の「奥庭仕返しの場」の岩藤とお初の対決に繋ぐブリッジが利き、最後まで存在感を感じさせる。
   岩藤に草履で打擲された後、長局尾上部屋への帰途の花道の出の哀切極まりない長い道中、そして、死を覚悟した身でありながら、利発で健気な主人思いのお初との別れを惜しんでおろおろする件など実に情感たっぷりで感動的である。

   この舞台は、お初を演じた亀治郎の為にあるのではないかと思えるくらい、亀治郎ははつらつと演じていて魅力全開であった。
   忠臣蔵の主役は、大星由良之助なのだから、同じく仇を討つお初が主人公であっても不思議はない、しかし、この舞台では、三番手になっているが、今回は、主役の貫禄十分の演技であった。

   ところで、この舞台では、岩藤は、尾上を貶める為に、主からの預かり物である蘭奢待や仏像を盗み出して罪を着せるなど嫌がらせをするのだが、性根貧しい家来が、神器や家宝を盗んでお家乗っ取りを図ると言う構図が、歌舞伎には多いような気がするのだが、日本人は、こんな話が好きなのであろうか。
   シェイクスピア戯曲でも見えるように、ヨーロッパの陰謀は、もっと陰湿でスケールが大きいような気がするのだが、これも、国民性の違いかも知れない。

   ところで、蘭奢待だが、確か、正倉院展で見た記憶がある。門外不出であった筈の香木にも拘らず、明治天皇は別格としても、義満や義政、信長など多くの人によって50回以上も切り取られていると言うから、融通無碍と言えば聞こえが良いけれど、日本の役人の対応とか公共財産の管理など好い加減なもので、
   キムジョンイルが危機的な状態にあっても殆ど反応せず、中国(?)の潜水艦が領海を侵犯しても(後で鯨だったと報道されたが、最新鋭のイージス艦が鯨と潜水艦の見分けさえ出来ないのであろうか)殆ど気付かず見逃している日本と言う国の危機意識の欠如ぶりは、やはり、歌舞伎の嗜好にも現れているのであろうかと思っている。
コメント
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