熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ポール・クルーグマンの米国医療保険改革論

2008年09月09日 | 政治・経済・社会
   先日コメントしたクルーグマンの「格差はつくられた」の中で、格差社会の解消策として強調している点は、アメリカ社会で最も深刻な社会問題のひとつである医療保険制度の改革である。
   アメリカには、税金で賄われている65歳以上の老人や身体障害者を対象としたメディケアと、民間の保険を負担できない低所得者をカバーするメディケイドと言う政府所管の健康保険はあるが、大多数の国民は、雇用主と折半の民間の医療保険に入っているものの、人口の大きな部分を占める15%の国民は全く医療保険には加入していないので、これが問題である。
   さらに深刻な問題は、アメリカ人はどこの国の人々よりも多く法外な金額を医療保険に支払っているのだが、その金額で得ている医療サービスの水準が低く凡庸であるばかりではなく、その現行システムさえ、目に見える形で崩壊しつつあると言うのである。
   
   ところが、この巨額な資金が医療保険を提供する為ではなく、むしろ、提供しない為に使われている制度だと言うのだから驚く。
   まず、民間保険会社は、医療保険を払うことで利益を上げているのであるから、保険料を取りながら、許容範囲内で医療保険を出来るだけ「支払わない」で済むように努力しており、大手術などの保険金は「医療損出」と考える。
   医療損出を抑えるために、「リスク選別」と言う手法で、加入申込者が高額保険金が必要かどうか、家族の病歴、仕事、健康状態等々を徹底的にチェックする。
   更に、これをクリアして医療手当てが必要だとしても、患者の医療記録を綿密にチェックし明らかにしなかった以前からの健康状態を探るなどして保険を無効にする。
   医師や病院も保険会社に支払を求めて膨大なエネルギーを費やしており、「拒否された保険金回収マネジメント会社」まで暗躍していると言うのである。

   また、他の先進国と違って、アメリカには、医療品の価格に関して製薬会社と交渉する中央官庁がないので、医薬品使用量は外国平均より低いのに、支払っている金額ははるかに多く、また、医師の報酬も高いと言う。
   もうひとつの問題は、他の保険やメディケアに移ることが多いので、保険会社は予防的な医療に殆ど拠出しないので、結局、トータルで医療コストがアップする。

   クリントン政権の時に、国民皆保険を目指して医療保険改革を目指したが挫折した。
   共和党議員たちの「保守派ムーブメント」による福祉国家を正当化してしまう政策だと考えての徹底的な叩き潰しに会ったのである。
   国民皆保険は国民のコンセンサスであり成功する可能性が高いので、上手く行けば国民の人気を博して政府が介入し易くなり福祉国家政策を推進すると考えたのだと訳の分らないことを言うのだが、とにかく、保守派ムーブメントに取って最も危険な政府の政策は、最も上手く機能するもので、ブッシュ政権が、社会保障制度を民営化しようとしたのと同じ論理だと言うのである。
   既に、イギリスの国民健康保険病院で働いていた医師が、先年の地下鉄テロの犯人一味であったとして、政府による医療保険は、テロを誘発すると屁理屈をつけて反対運動を展開しているらしい。

   しかし、この政府による国民医療保険制度の拡充に対して、強烈なロビー活動を展開して徹底的に反対して来たのは、制度の欠陥を利用して利益を上げ続けて来た保険会社と製薬業界である。
   福祉主義的な政策を取る共和党のシュワルツネッカー加州知事が、民間保険会社の「リスクによる選別」を排除する法案を提出すると、最大の保険会社が、「不適当な改革」が医療の選択を奪って州の医療保険を台無しにすると強烈な反対TVキャンペーンを張ったと言う。

   クルーグマンは、フランスやドイツの制度を参考にした政府による医療制度改革案を提示していて面白いがコメントは省略する。
   私自身は、オランダとイギリスで、民間医療保険のお世話になっていたので多少事情は分るが、いずれにしろ、十分資金力に余裕がある人間には、至れり尽くせりの医療サービスを受けられると言うことで、健康と命の保持は金次第と言うことである。
   日本の健康保険事情も将来的には大変だが、理論上は、国民皆保険で、日本全国どこででも、適度に質の高い医療サービスを平等に受けられるので、私自身は、非常に恵まれた良い制度だと思っている。

   ところで、アメリカの保険会社が、日本では、TVのコマーシャルやダイレクトメールで、派手な至れり尽くせりの素晴らしい(?)医療保険を宣伝しているが、アメリカで、利潤追求の為に徹底的に政府の国民皆保険制度に反対して、金のかかりそうな人の保険加入を排除して、いざ支払の段になると理屈をつけて拒否すると言って、クルーグマン先生が糾弾しているのと同じ会社のはずなのだが。
   尤も、健康保険ではないが、生命保険や火災保険や傷害保険など、日本の保険会社が、ごまかして保険の払い戻しや支払をしないなど問題を起こしているのだから、保険業界は総て同じなのかも知れない。

   尤も、考えてみれば、保険金の支払は流出コストであって、慈善事業ではないのだから、資本主義では、民間保険会社が支払を出来るだけ削減すべく努力をするのは当然で、合法的に、そのように努力して利益を上げないとCEOは善管注意義務違反となってしまう。
   言い換えれば、本来、保険業と言うのは、利益目的の民間企業には馴染まない事業であり、本来は、公的機関のやるべき業務であると言うことである。
   しかし、社保庁のようにならないのが鉄則ではある。
   
コメント
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