熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

時事雑感・・・民主党は財源なき虚言癖のばら撒き政党か

2009年08月02日 | 政治・経済・社会
   自民党も民主党も、マニフェストと称する公約集を提示したので、政策論争が本格化してきた。
   TV報道の印象だけの判断だが、一番気になる争点は、民主党の政策が、財源の裏づけが全く不確かな空手形のばら撒き政策で、信用ならないと言う自民党側の攻撃である。
   詳細を詰めずに発言するのだが、岡田幹事長が主張している「ゼロベース」から予算を見直すとする提言を、額面どおりに取ればであるが、要するに、いかなる手段をとろうとも、収入と支出をバランスさせるために、ゼロから予算を構築すると言うことであるから、民主党が実施しようとする政策に対する財源は、優先順位の低い他の予算を切れば良いのであるから、財源はいくらでも捻出可能である。
   
   私がウォートン・スクールで勉強していた時、ゼロ・ベース予算(ZERO BASE BADGET)の講義が脚光を浴び始めた頃で、私自身も、かすかに雰囲気は覚えている。
   要するに、各部門やプロジェクトの予算については、過年度の実績はゼロとなり、新たに提示された新年度の予算は、ゼロベースから検討され、企業の経営目的による優先順位によって決定され配分されると言う方式である。
   したがって、極端に表現すれば、過去の柵から切り離されて予算が決定されるので、過去の既得利権などは考慮外で、新規プロジェクトや新しい政策への予算配分が可能となり、構造改革など民主党の政策実現には、格好の方式となろう。
   尤も、問題は、これまでの事業の継続性など経済社会に与える重大なインパクトをどのように処理すのかと言った問題や、政権に縁のなかった民主党が、この複雑で実施が極めて難しいゼロ・ベース予算を如何に構築するかのと言った多くの問題を解決しなければならないので、大変な困難を伴う。
   しかし、日本の政治経済社会の仕組みを、根本的にリセットしようとするならば、絶対にやらなければ、日本の明日はないので、万難を排してでも挑戦に値する。

   民主党は、政官財トライアングルによって構築され維持されてきた55年体制をご破算にして、新しい日本の政治経済社会を作り上げようとしているのであるから、これまでの予算を完全に分解して、大所高所から検討を加えて、無駄を徹底的に排除することによって予算を捻出して、自分たちの実施しようとする政策に予算を振り向ければ良い。
   かっての小泉ばりの迫力で、過去から鬱積している政治の闇と経済社会の残滓を、出来るのならば、叩き切れば良いのである。
   要するに、自民党が勢い付いて叫んでいる民主党に対する財源なしのばら撒きだとする非難は、自民党自身が、これまでの予算を金科玉条の如く是として、小刻みにプラスマイナスするだけで、一歩でも変えようとする前向きの姿勢なり、未来を志向した斬新さがないことを暴露しているだけである。
   
   今回の選挙戦で、自民党が分かっていないのは、このような過去の柵に雁字搦めに縛られて一歩も前進のない、むしろ、益々悪化して行くこの政治経済社会体制に、多くの国民が飽き飽きしていると言うことを、そして、このまま自民党政権が続けば同じことの繰り返しで何の進歩もなく取り返しがつかなくなると思っていることを、全く、理解していないと言うことである。

   民主党のマニフェストには、バラ撒き的な要素があるかも知れないが、これまで、自民党政権が営々と無駄にばら撒いて来た膨大な金額に比べればかわいいくらいである。
   それよりも、あの誇り高き自民党が、何の定見も理想もなく、鬼の首を取ったように、民主党のマニフェストは財源の裏づけのないばら撒きだと馬鹿の一つ覚えのように連呼するしか能のない政党に成り下がってしまったのが実に悲しい。
   
   民主党のマニフェストについても、リベラルな分、景気や経済成長に対しては消極的にならざるを得ないであろうし、言いたいことが沢山あるが、一度やらせて見ようじゃないかと言うのが国民の正直な気持ちだと思う。
   日本にも、「Yes, we can.」と言うCHANGEを再現したいのである。
   早い話、たった4年間で、このために勝利したはずの経済政策の根本精神であった市場原理主義を臆面もなく放棄すると宣告し、筋書きも何もなく、これこそ全く実現不可能だと思えるような所得の100万円アップを唱える自民党よりは頼りになると言うのが正直なところかも知れないと感じている。
   尤も、排水の陣を敷く自民党のマニフェストには、多くの帆船効果が出ていて面白い。蒸気船の登場によって駆逐されそうになっていた帆船が、負けじとばかりに次々とイノベーションを生み出して良くなったと言う、あれである。こんなところにも、イノベーションの精神が発露されるのである。
コメント
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