熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

真夏の奈良散策もまた楽し

2009年08月11日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   関西の盆地の夏は、無茶苦茶に蒸し暑い。
   学生時代に宇治で下宿していたので、冬の寒さと、この夏の暑さを身にしみて経験しており、その少し南に位置する奈良の自然の厳しさも、それに輪を掛けて格別である。
   それを承知で、朝日新聞が主催した「無形文化遺産の未来」と銘打ったシンポジウムと東大寺大仏殿でのシルクロード舞台イベントの魅力に抗し切れずに、久しぶりに奈良を訪れた。

   宿は、奈良に行くにも京都に行くにも、最近では、文楽鑑賞の思いもあって、両方にアクセスの便利な、宗右衛門町近くの難波や心斎橋あたりのホテルを取ることが多いのだが、今回は、残念ながら、数日の違いで、国立文楽劇場での夏公演は終わってしまっていた。

   日本橋から近鉄線で奈良に向かったのだが、その電車は尼崎からの電車であった。
   気付かなかったのだが、地下鉄線を新設して連結したので、隣の難波が終点であったのが、今では近鉄と阪神が乗り入れたために、奈良から神戸まで直結してしまったのである。

   途中、西大寺を出ると、平城京跡を電車が横切るのだが、大極殿の復元工事ももう終盤のようで、巨大な覆い屋が遠望出来る。
   ここで、降りて、昔はよく秋篠寺を訪れて、美しい技芸天に会いに行ったり、時間があれば、反対側の西ノ京まで足を伸ばして、唐招提寺と薬師寺まで行き、夕暮れ近くまで沈没していた。
   今でこそ、薬師寺などは素晴らしい寺院になってしまっているが、当時は、東塔だけしかなかったし、西塔の礎石の水溜りに陰を写す姿や、田んぼの中から破れた土塀越しに遠望するなどして東塔の姿を追っかけて、寂れた寺の風情を写真に収めるのを楽しみにしていた。

   若草山の麓にある新公会堂の能楽ホールでの「音と芸の継承」シンポジウム開演まで2時間ほどしかなかったが、大学時代の友人M君が案内するというので、近鉄奈良駅の行基像の前で10時に会うことにしていた。
   大体、時間にルーズな私が遅れることが多いのだが、この頃は、歳の所為か、時間厳守を心がけている。

   M君は、真っ先に、奈良女子大学の旧本館(現在の記念館)を見せたいので行こうと言う。
   彼の住居の近くでもあり、駅から歩いて10分足らずの、佐保川のほとりの住宅街にある清楚な学校で、赤屋根を被ったブルーのおとぎの国のような可愛い門の向こうに、鶯色の壁や腰板の木造2階建て洋風建物が立っている。
   木部を外に出したデザインのハーフティンバー壁構造の美しい建物で、玄関口の軒先の上部を切って三角壁をせり上げ、屋根の中央に頂塔を頂いており、更に空気抜き窓など、中々、意匠に凝った建物で面白い。
   この1000平米足らずの旧本館の建物だが、正門とその横にある本館に合わせた8角形の小さな守衛室越しに眺めると、中々素晴らしい風景で、明治42年竣工の重要文化財である。

   日曜日で、全く人影がなく静かなキャンパスだったが、一教室だけ明かりがついていて、特別クラスの授業であろうか、殆ど空席がないくらいびっしりと女子大生が座っていて、授業を受けているようであった。
   私たちは、正門前のバス停に大きなゆったりとしたベンチがあり、木陰で涼風が気持ち良かったので、どうせ、目的もなく急ぐ気もなく、取りとめもない文化論を戦わせていた。

   M君は、京大の時、サマリタンと言う英会話クラブで、外人客の世話をしていたし、その後習ったフランス語のブラッシュアップのために、最近、散歩を兼ねて、せっせと奈良公園に通って、外人客をつかまえて、会話を楽しんでいるのだと言う。
   最近は、アメリカ人よりヨーロッパ人の方が多いようで、フランス、スペイン、ドイツ、イギリスなどの外人客が目立つと言う。
   カレント・トピックスを彼らと語っているので、最近のヨーロッパの面白い世相や話題などを語ってくれた。
  
   その後、県庁裏を歩いて、氷室神社に出た。
   境内には、立派な枝垂桜の大木があって、見事な花を咲かせるのだという。
   小さな池があって、睡蓮の葉がびっしり池面を埋めていて、淡いピンクの睡蓮が清楚で美しい。
   氷の神様とかで、氷関係の団体の旗や幟がうるさいくらい境内に立っていて、何事も、商売だと言うことが良く分かる。

   東大寺に向かって大通りを歩き、その氷室神社のすぐ隣の路地を左に入ると、いつの間にか、広々とした空間の周りにレストランやみやげ物店で構成された「ふれあい回廊 夢しるべ風しるべ」と言うショップ&レストラン広場が出来ている。
   東大寺の南大門への参道と殆ど平行した至近距離に出来た観光客用の新しい施設であるから、至れり尽くせりの便利さで、元は、地元建設会社の資材置き場だったと言うのであるから、観光当局は、これまで何をしていたのかと言うことである。

   私自身は、開発そのものには、賛成ではないが、とにかく、観光客の一番集まる東大寺・奈良公園・国立博物館近辺に、便利な休息所がなかったと言うのが致命的な欠陥だったのである。
   その中の一軒、雰囲気の良い「志まづ」と言う日本料理店の2階に上がって、南大門や大仏殿の屋根と緑の美しい若草山を遠望しながら、文化論の続きに花を咲かせた。
    
   食後、東大寺参道前を通って奈良公園を突き抜けて、奈良県の新公会堂に向かった。
   前方には、広々としたオープンな芝生が広がっていて、なだらかな若草山とそれに連なる春日山原生林をバックに和風モダンの公会堂が羽を広げているのだが、正に、萌えるような緑のムンムンする真夏の公園からのアプローチである。
   赤、ピンク、紫、白、これほどヴァリエーションに富んだ百日紅を見たことがないが、豊な緑一色の中に鮮やかな絵を描いて輝いており、壮観である。

   この日、私にとって興味深い奈良散策は、期せずして、夜の東大寺と奈良公園を経験したことである。
   電光に浮かび上がる大仏殿の壮観、それに、昼には良く見えない南大門の仁王像がライトアップされていて素晴らしい造形美を見せてくれていたことは、古寺巡礼が趣味であった私には、堪らない魅力であった。

   本当は、裏に回って夜の東大寺境内を散策したいのだが、それは無理で、結局、奈良公園や古社寺のあっちこっちの庭に点灯蝋燭を並べた幻想的な燈火会プロムナードを、浴衣姿の若者たちに混じって近鉄奈良駅に向かった。
   興福寺の五重塔が、電飾されていて優雅な姿を淡く夜空に浮かび上がっていて印象的であった。
   つかの間の旅人として、奈良を訪れるから良いのかも知れない。
コメント (1)
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