熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

八月納涼大歌舞伎・・・橋之助の「天保遊侠録」

2009年08月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   橋之助が、勝麟太郎・後の勝海舟(橋之助の次男宗生)の実父・勝小吉を、実に小気味良く演じていて面白いのが、今月歌舞伎座での最初の公演である真山青果作「天保遊侠録」。
   同じように蓮っ葉で身持ちは良くないが、威勢だけは良い江戸っ子の甥・松坂庄之助を演じる実の甥・勘太郎との呼吸ぴったりで、権威だけで威張り散らす上役相手に暴れまくる胸の透くような舞台が、正に、納涼歌舞伎に相応しい。

   江戸時代も、既に風雲急を告げる幕末。
   坂本龍馬を育て、西郷隆盛と談判して、江戸城無血開城して江戸を救い、福沢諭吉などを引き連れて咸臨丸でアメリカに渡った日本の文明開花期の最大の偉人である勝海舟の、栴檀は双葉より芳しを髣髴とさせる幼少時代を、実に爽やかで澄み切った声で凛々しく演じる宗生の姿が秀逸だが、
   放蕩三昧でどうしようもないしがない無役の御家人ながら、出来の良い子供の出世のために、役を斡旋して貰うべく上役を招いて御振舞いをする小吉の橋之助の泣き笑いの奮闘劇との対比が、しんみりとさせて味わい深い。

   芝居を地で行ったような橋之助と勘太郎の肩肘張らずに自然体で演じているような舞台であるから、余計に感情移入が容易なのであろうが、それだけに、上役大久保上野介の彌十郎の狡猾さ、元恋人の芸者八重次の扇雀のしっぽりとした優しさ、麟太郎を江戸城に引き取る阿茶の局の萬次郎の威厳と品格のある演技などが引き立つのであろう。
   御振舞いの宴は、あまりにも無礼な上役たちの振る舞いに堪忍袋の緒が切れて、小吉と庄之助が暴れてご破算になるのだが、それを見ていた小吉(実は三男なので勝家の養子)の実家の親戚筋の阿茶の局に、麟太郎が、将軍の孫の遊び相手として引き取られると言うハッピーな展開で幕となる。
   麟太郎は、幼少ながら、小吉に、天下国家の情勢を説くその英邁さは出色で、実際には、11代将軍家斉の孫・初之丞(後の一橋慶昌)の遊び相手として江戸城に召されている。

   さて、この芝居で、あんなに偉大な勝海舟の親父が、どうしょうもないやくざな御家人であったのかと言うことだが、実は、勝海舟の祖祖父の銀一は、越後の国の貧農の生まれで盲目でありながら、江戸へ出て高利貸しをして富を蓄積して検校の位を買い、その息子・すなわち祖父平蔵が御家人株を買って男谷家を起こし、後に、旗本に昇進しており、元からの旗本ではなかったと言うことである。

   この舞台の主役である小吉は、平蔵の三男であったので、家康時代からの幕臣でありながら、当時は小普請組と言う無役で小身の旗本である勝家に養子に出されのだが、謂わば、薄碌41石を食むが窓際族でやることがない。
   飲む打つはやらなかったらしいが、買うは、この芝居でも芸者八重次が登場するのだから、吉原通いに明け暮れ妻などそっちのけ。剣道を嗜み腕っ節が強くて喧嘩早いことこの上なく、悪評高いので役職など付く筈がない。
   その馬鹿親父が、鳶が鷹を生んだのか、麟太郎があまりにも聡明で良く出来るので、子供可愛さに、必死になって、役につけて貰おうと追従・供応にこれ勤める哀れさ、可笑しさ。
   本当は、全くどうしょうもない不埒親父だが、この芝居では、この無頼漢ぶりには触れずに、子を思う親心だけが目立つので、橋之助が格好良く見える。このあたりが、真山青果の粋なところであろうか。

   このように、この芝居で、役職を得るためには、供応、まいないが必須だと言う世界が、面白おかしく展開されているのだが、士農工商など身分制度が厳しい江戸時代と思いきや、金の力で何でも融通が利き、チャンスに恵まれれば、いくらでも上昇できたと言う、案外風通しの良い自由な時代であったと言うのが面白いではなかろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする