熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

亀岡典子著「文楽ざんまい」・・・文楽の面白さが分かる格好のガイド

2010年02月11日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   本が好きなのか、歌舞伎や文楽が好きなのか、どっちがより好きなのか分からないけれど、気づいた時に買い続けているので、私の書棚には、結構、この方面の本がある。
   経済や経営の本ほど熱心ではないので、久しぶりに、積読だった亀岡典子さんの「文楽ざんまい」を、三宅坂の国立劇場の文楽鑑賞の行き帰りの電車の中で読んで見たのだが、これが、面白い。
   尤も、専門書のように、威儀を正して対峙して本に向かう必要がなく、読み進めて行くだけで楽しめるのだから当然だが、更に、舞台を想像したり思い出しながら追体験出来るのも、このようなパーフォーマンス・アート本の良さでもある。

   最初は、足遣いや衣装、介錯と言った言葉から始まる「キーワードでたどる文楽」の章で、楽屋や舞台裏まで入り込んでの逸話やトピックスを交えての話で、日常、我々観客が知り得ないような内輪の世界が垣間見えて非常に参考になる。
   たとえば、首については、大阪の大空襲で消失してしまい、今文楽座にある首の90%が、大江巳之助さんが製作した首であり、今その弟子の新しい首が生まれていること。「娘の首はぼんやり彫れ。魂はわしが入れる。」と吉田文五郎が巳之助に語ったとか、今度の新しい人形の首も、文雀が遣って魂を入れたと言うことで、文楽人形の首は、表情のはっきりしないぼんやりとした中間の表情であるから、遣い方によって泣いたり笑ったりするのだと言うことである。

   私は、仏像や彫刻、それに、欧米の教会などで彫像を見ることが多いのだが、確かにこれらの彫像の顔の表情など、びっくりする程美しいものがあり、ピグマリオンではないが、恋焦がれてしまうことも稀ではないのだが、舞台でもそうだが、文楽劇場や博物館・美術館などで実際に身近に見る文楽人形の首でも、びっくりするような美しい首を見たことがない。
   しかし、あの素晴らしい能面も同じように、はっきりしない中間の表情であるが故に、見る方角や角度、そして、能楽師の舞によって微妙に表情を変えて喜怒哀楽を表現するのであろう。
   ヴェニスの仮面や京劇のお面には、期待し得ないような、日本の古典芸能の奥深さを見るようで、正に感激である。

   第二章の「太夫・三味線・人形遣い」には、夫々に一人者の話が綴られていて面白いのだが、特に、竹本住大夫と吉田玉男には、30ページくらいの長くて非常に興味深い逸話などをふんだんに交えたバイオグラフィー的な記述があり、記録としても貴重である。
   これらについては、既に、両巨匠とも、自伝や対談本などが出版されているので、私自身も既に読んでおり、それ程、新しい発見はないのだが、何よりも、元関西人の私にとっては、特に住大夫の大阪弁での語り口が堪らなく魅力的で、引き込まれてしまう。
   戦後の苦しい時代に二派に分かれた文楽界の、「食うや食わずどころやあらへん。食わず食わずの生活やった」と言う中での難行苦行の修行時代の話が特に秀逸だが、あの住大夫が、人数が足りないので実力以上の重い役を付けて貰ったのは良いのだが、動きの少ない人形の足や左遣いを勤めていたと言うのである。
   松竹側の因会に残った玉男には、海外公演に参加して各地での熱狂的な拍手を受けるなどのチャンスがあったようだが、曽根崎心中との遭遇や意欲的な芸の工夫の数々、玉女との出会いなど興味が尽きない話題が続く。

   松竹に見捨てられたと言う思いからの、国と大阪府と大阪市とNHKとの合同による文楽協会の設立が、歌舞伎との違いを象徴している感じで興味深いが、やはり、どこまでも、文楽は日本独特の古典芸能であり、ある意味では、大阪固有の文化なのであろうが、今では、東京のファンの方が、はるかに大阪のファンよりも熱狂的だと言うのが面白い。

   第三章では、文楽の新時代で、太夫、三味線、人形遣いの若手のホープたちの群像が描かれ、最終章では、人間の心底を描き続ける文楽の世界で、近松の心中天網島での「一人の男を愛した二人の女」や、本朝廿四孝の八重垣姫の「燃え上がる一途の恋」などと言ったテーマごとに掘り下げていて読ませてくれる。
   何となく楽しみながら見ている文楽なのだが、日本文化を象徴する非常に奥深い古典芸能であることを感じさせてくれる素晴らしいガイドブックである。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
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