BRIC'sと言う造語をぶち上げたゴールドマン・ザックスのジム・オニールが、近著「次なる経済大国 The Great Map」で、BRIC'sを選定した時の4か国への思いや、その後の推移について書いているので、考えてみたい。
ところで、この本では、BRIC'sに続く発展国集団としてN-11 すなわち ネクスト11を上げている。N-11とは、バングラディッシュ、エジプト、インドネシア、イラン、韓国、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、トルコ、ベトナムで、これらの国の政府債務や財政赤字はおおむね健全で、安定した貿易ネットワークがあり、膨大な数の国民が豊かさへの階段を上がっており、従来の「新興国市場」と言うコンセプトから離れて、「成長国市場」として考えるべきだと言う。
私自身は、これらの国の多くが非常にカントリー・リスクの高い国もあって、BRIC'sと同じような次元では考えられないのだが、この点は、ブックレビューで論じたい。
興味深いのは、1997年以降のアジア通貨危機の時に、殆どのアジア諸国が経済危機に直面した時に、当然経済危機に巻き込まれて混乱した筈の中国が、経済危機を食い止めたと言う事実。通貨危機の要因であった円安阻止のためにアメリカに圧力をかけて介入させるなど異常な機敏さと世界認識を示して、世界経済のために重要な役割を演じて、自国経済を守ろうとしたと言う指摘で、最早、G5やG7の時代ではなく、G20への移行の中で、新興国中国などの台頭を意識し始めて、それが、BRIC's認識に繋がって行ったと言うことである。
人口増加が成長の源泉だと言う考え方が基本にあって、長期的な人口趨勢、特に、労働人口動向が最も信頼できる指標で、4ヵ国の人口が約30億人と言うBRIC'sの人口が潜在力を議論する上での出発点であったと言う。
それに、経済成長の基本である生産性の向上に成功するためには、安定したマクロ経済的バックグラウンド、インフレ抑制策や健全な国家財政、強力で安定した政治制度、貿易や外国直接投資に対する開放制、最新テクノロジーの適用、高等教育などの健全な政策等が揃っておれば問題ないのだが、このBRIC's選定のためには、先進国の生産レベルに追いつく速度、各国の投資率、人口動態を重視したと言う。
2001年以降、ジム・オニール達は何度かBRIC'sについてレポートを発表しているが、2003年のレポートで公表した、世銀の「世界開発指標データベース」を基に、マクロ5、ミクロ8の13項目を計測した成長環境スコア(GES)分析で、中国が最高で、ロシア、ブラジル、インドの順だったと言う。
中国は、マクロ経済要因の安定性や、市場の開放度、教育でのスコアは高かったが、腐敗やテクノロジーでは低く、ブラジルは、政治の安定性と寿命は高かったが、教育と財政赤字のスコアが低く、ロシアの弱点は、政治の安定性、腐敗、インフレにあり、インドは、法治性は高かったが、教育、テクノロジーの利用、財政状況や市場の開放性についてはスコアが低かったと言う。
この指数は年によって異なるのだが、世界全体では必ずしも高くはなく、BRIC'sは、どの国もGESを高める必要があり、さもなければ、潜在力を発揮できないと言う指摘が興味深い。
BRIC's選定で、一番疑問があったのは、万年、「未来の国」であったブラジルのようである。
やはり、ハイパー・インフレと通貨の不安定など経済基盤の脆弱性が問題で、ブラジル人自身も半信半疑でBRIC'sに含めないようにと懇願したとかと言うことである。
今でも、ブラジルの高金利故でのレアルの過大評価や、オランダ病が懸念されているのだが、やはり、最大の転機は、カルドーゾ大統領のレアル・プランの果敢な遂行によるインフレ抑制と国家財政の改善であろうが、その後の発展には目を見張るものがあったとしても、世紀末に一時危機的な状態になり、BRIC's論を立ち上げた2001年には、まだ、将来の帰趨が予測し辛かったのであろうと思う。
インフレ・ターゲット政策の成功がブラジルの経済政策の勝利だと言うことで、オニールは、インド政府が、この政策を一顧だにしないと経済政策全般に対する評価の低いのが面白い。
それに、政治風土の変容が重要で、ルーラ大統領の貧困撲滅政策や成長推進政策などによる経済基盤の底上げの効果も功を奏しており、ジルマ・ルセフ政権の課題は、成長を確実に持続できるようなGSEの改善だと言う。
しかし、ブラジルの経済成長の多くは、豊かな天然資源や農産物などコモディティの好況に恵まれた帰来があって、企業にとって足枷とも言うべき多くのブラジル病の存在など、多くの課題を抱えていることは事実で、先行き、順風満帆とは言えないようである。
ロシアについては、楽観論者を見つけるのは難しいと言う。
まず、最大の問題は人口動態で、死亡率が極端に高く平均寿命も短く、人口が急激に減少する可能性があり、経済にには展望がないと思われると言う。
もう一つは、政治の問題で、オリガーキ(新興財閥)と政府の関係、反政府運動家の粛清、企業活動に対する国家の関与の強化、政治の腐敗など、外資に取っては非常にカントリーリスクが高い。
それに、石油と天然ガスへの過度の依存で、コモディティ価格如何によって国家経済が翻弄されるのみならず、私など、国際競争力のある産業なり企業の育成を怠って来たのみならず、海外の有能な多国籍企業の参入を積極的に許してこなかったことに問題があると思っている。
オニールの指摘で面白いのは、ロシア国民が、西洋型の民主主義を有難いとは思っておらず、エリツィンやゴルバチェフより、いくら強権的威圧的であっても富の増加を図ってくれるプーチンの方が称賛され尊敬されると言うことである。
インドは、人口動態から言って最も望ましい国で、それに、信頼できる法制度を持ち、英語を話す人口が多く、テクノロジー企業は世界に進出していると言う。
尤も、貧困の深刻さや、物事を進めるうえでの困難さは度を越しているが、過去10年で、同国が大きな経済危機に見舞われたことがないのは明るいニュースだとも言う。これは、インド経済の牽引力は、輸出や外国投資ではなく、自国の消費であり、他のBRIC's諸国と比べて、はるかに自己充足的であることにある。
それに、インドの指導者の中には、経済成長は必ずしも良いものではなく、環境汚染や金融市場の危険性など、悪影響が多くて危険だと考える人が結構多いのだと言うのも面白い。
インドの指導者には、自由貿易に対する懸念が強く、外資の導入にも消極的で、規則や法的規制などによって、インド企業への大規模投資は難しいと言うことだし、インドの官僚制度の酷さには定評があると言う。ビジネスのし易さや腐敗防止、透明性の評価が低いので、外資にとっては、必ずしも恵まれた投資先ではない言うのである。
オニールは、流通業界の閉鎖性について、ウォルマート、テスコ、カルフールなどのインド市場参入困難を例証している。
インフラの酷さもインド特有のようだが、一人っ子政策で、人口が減少し老齢化して行く中国と違って、若年人口が多くて爆発しそうなエネルギーを秘めたインドが、遠い将来、中国を凌駕すると言う予測も根強い。
多くのトップを輩出しているアメリカにおけるインド人実業家の活躍や、有能なインド人学者やジャーナリストの台頭、國際機関での絶大なインド人勢力の存在など、私自身は、益々発言力を増している印僑の活躍とその影響力の凄さに注目すべきだと思っている。
さて、中国だが、世界銀行と中国国務院発展研究センターが、共同で経済見通し報告書をまとめ、中国が国有企業の大規模改革を行わないと、2030年には深刻な経済危機に陥るなどと警告したのだが、今や、グローバル経済の帰趨を征しているとも言うべき中国経済の快進撃について、その将来に関しては悲喜こもごも両論が展開されている。
オニールも、中国の驚くべき成長のカギは、人口であって、生産性を高める大規模な労働人口の存在、特に、何百人もの都市への流入が、世界の製造王国の台頭に貢献したとしているが、今後の労働人口の激減が、GDP成長率を低下させ、成長が緩やかになるのは確実だとしている。
しかし、人口動態は決定的なものではなく、一人っ子政策の見直しや更なる都市への人口の流入、高等教育による生産性の向上なども考えられ、問題は成長鈍化の規模と程度であってそれ程悲観視はしていないようである。
この本で、オニールは、中国の快進撃を日本のケースと随所で比較しているのだが、日本の内向き閉鎖傾向に対して、中国は、ビジネスであれ、政治であれ、観光であれ、外の世界と積極的にコミュニケ―ションを取ろうとすることで、その姿勢に感銘を受けると言う。英語についても、大望を叶えるために積極的に受け入れ、閉ざさせた文化的アイデンティティの背後に隠れずに、世界と積極的にかかわろうとする強い意志を示すと言うのである。
中国の経済データが信用できないとか、不動産バブルや輸出主導から内需の拡大が必須だとか、成長より質を優先する政策の実行の必要性など説いているが、オニールは、中国の若者のエネルギーに接すると楽観論者になると結んでいる。
私は、オニールが、「8000万人の党員を抱える中国共産党は、世界最大の政党であるだけではなく、世界最大の商工会議所だ」と言っているように、世銀レポートの指摘するように、殆どの産業を支配し経済を独占している官僚と国営企業の利権コンプレックスの趨勢が問題で、豊かになり聡明になって文明に開化した国民が、それに対してどう対応するのかが、問題だと思っている。
ところで、この本では、BRIC'sに続く発展国集団としてN-11 すなわち ネクスト11を上げている。N-11とは、バングラディッシュ、エジプト、インドネシア、イラン、韓国、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、トルコ、ベトナムで、これらの国の政府債務や財政赤字はおおむね健全で、安定した貿易ネットワークがあり、膨大な数の国民が豊かさへの階段を上がっており、従来の「新興国市場」と言うコンセプトから離れて、「成長国市場」として考えるべきだと言う。
私自身は、これらの国の多くが非常にカントリー・リスクの高い国もあって、BRIC'sと同じような次元では考えられないのだが、この点は、ブックレビューで論じたい。
興味深いのは、1997年以降のアジア通貨危機の時に、殆どのアジア諸国が経済危機に直面した時に、当然経済危機に巻き込まれて混乱した筈の中国が、経済危機を食い止めたと言う事実。通貨危機の要因であった円安阻止のためにアメリカに圧力をかけて介入させるなど異常な機敏さと世界認識を示して、世界経済のために重要な役割を演じて、自国経済を守ろうとしたと言う指摘で、最早、G5やG7の時代ではなく、G20への移行の中で、新興国中国などの台頭を意識し始めて、それが、BRIC's認識に繋がって行ったと言うことである。
人口増加が成長の源泉だと言う考え方が基本にあって、長期的な人口趨勢、特に、労働人口動向が最も信頼できる指標で、4ヵ国の人口が約30億人と言うBRIC'sの人口が潜在力を議論する上での出発点であったと言う。
それに、経済成長の基本である生産性の向上に成功するためには、安定したマクロ経済的バックグラウンド、インフレ抑制策や健全な国家財政、強力で安定した政治制度、貿易や外国直接投資に対する開放制、最新テクノロジーの適用、高等教育などの健全な政策等が揃っておれば問題ないのだが、このBRIC's選定のためには、先進国の生産レベルに追いつく速度、各国の投資率、人口動態を重視したと言う。
2001年以降、ジム・オニール達は何度かBRIC'sについてレポートを発表しているが、2003年のレポートで公表した、世銀の「世界開発指標データベース」を基に、マクロ5、ミクロ8の13項目を計測した成長環境スコア(GES)分析で、中国が最高で、ロシア、ブラジル、インドの順だったと言う。
中国は、マクロ経済要因の安定性や、市場の開放度、教育でのスコアは高かったが、腐敗やテクノロジーでは低く、ブラジルは、政治の安定性と寿命は高かったが、教育と財政赤字のスコアが低く、ロシアの弱点は、政治の安定性、腐敗、インフレにあり、インドは、法治性は高かったが、教育、テクノロジーの利用、財政状況や市場の開放性についてはスコアが低かったと言う。
この指数は年によって異なるのだが、世界全体では必ずしも高くはなく、BRIC'sは、どの国もGESを高める必要があり、さもなければ、潜在力を発揮できないと言う指摘が興味深い。
BRIC's選定で、一番疑問があったのは、万年、「未来の国」であったブラジルのようである。
やはり、ハイパー・インフレと通貨の不安定など経済基盤の脆弱性が問題で、ブラジル人自身も半信半疑でBRIC'sに含めないようにと懇願したとかと言うことである。
今でも、ブラジルの高金利故でのレアルの過大評価や、オランダ病が懸念されているのだが、やはり、最大の転機は、カルドーゾ大統領のレアル・プランの果敢な遂行によるインフレ抑制と国家財政の改善であろうが、その後の発展には目を見張るものがあったとしても、世紀末に一時危機的な状態になり、BRIC's論を立ち上げた2001年には、まだ、将来の帰趨が予測し辛かったのであろうと思う。
インフレ・ターゲット政策の成功がブラジルの経済政策の勝利だと言うことで、オニールは、インド政府が、この政策を一顧だにしないと経済政策全般に対する評価の低いのが面白い。
それに、政治風土の変容が重要で、ルーラ大統領の貧困撲滅政策や成長推進政策などによる経済基盤の底上げの効果も功を奏しており、ジルマ・ルセフ政権の課題は、成長を確実に持続できるようなGSEの改善だと言う。
しかし、ブラジルの経済成長の多くは、豊かな天然資源や農産物などコモディティの好況に恵まれた帰来があって、企業にとって足枷とも言うべき多くのブラジル病の存在など、多くの課題を抱えていることは事実で、先行き、順風満帆とは言えないようである。
ロシアについては、楽観論者を見つけるのは難しいと言う。
まず、最大の問題は人口動態で、死亡率が極端に高く平均寿命も短く、人口が急激に減少する可能性があり、経済にには展望がないと思われると言う。
もう一つは、政治の問題で、オリガーキ(新興財閥)と政府の関係、反政府運動家の粛清、企業活動に対する国家の関与の強化、政治の腐敗など、外資に取っては非常にカントリーリスクが高い。
それに、石油と天然ガスへの過度の依存で、コモディティ価格如何によって国家経済が翻弄されるのみならず、私など、国際競争力のある産業なり企業の育成を怠って来たのみならず、海外の有能な多国籍企業の参入を積極的に許してこなかったことに問題があると思っている。
オニールの指摘で面白いのは、ロシア国民が、西洋型の民主主義を有難いとは思っておらず、エリツィンやゴルバチェフより、いくら強権的威圧的であっても富の増加を図ってくれるプーチンの方が称賛され尊敬されると言うことである。
インドは、人口動態から言って最も望ましい国で、それに、信頼できる法制度を持ち、英語を話す人口が多く、テクノロジー企業は世界に進出していると言う。
尤も、貧困の深刻さや、物事を進めるうえでの困難さは度を越しているが、過去10年で、同国が大きな経済危機に見舞われたことがないのは明るいニュースだとも言う。これは、インド経済の牽引力は、輸出や外国投資ではなく、自国の消費であり、他のBRIC's諸国と比べて、はるかに自己充足的であることにある。
それに、インドの指導者の中には、経済成長は必ずしも良いものではなく、環境汚染や金融市場の危険性など、悪影響が多くて危険だと考える人が結構多いのだと言うのも面白い。
インドの指導者には、自由貿易に対する懸念が強く、外資の導入にも消極的で、規則や法的規制などによって、インド企業への大規模投資は難しいと言うことだし、インドの官僚制度の酷さには定評があると言う。ビジネスのし易さや腐敗防止、透明性の評価が低いので、外資にとっては、必ずしも恵まれた投資先ではない言うのである。
オニールは、流通業界の閉鎖性について、ウォルマート、テスコ、カルフールなどのインド市場参入困難を例証している。
インフラの酷さもインド特有のようだが、一人っ子政策で、人口が減少し老齢化して行く中国と違って、若年人口が多くて爆発しそうなエネルギーを秘めたインドが、遠い将来、中国を凌駕すると言う予測も根強い。
多くのトップを輩出しているアメリカにおけるインド人実業家の活躍や、有能なインド人学者やジャーナリストの台頭、國際機関での絶大なインド人勢力の存在など、私自身は、益々発言力を増している印僑の活躍とその影響力の凄さに注目すべきだと思っている。
さて、中国だが、世界銀行と中国国務院発展研究センターが、共同で経済見通し報告書をまとめ、中国が国有企業の大規模改革を行わないと、2030年には深刻な経済危機に陥るなどと警告したのだが、今や、グローバル経済の帰趨を征しているとも言うべき中国経済の快進撃について、その将来に関しては悲喜こもごも両論が展開されている。
オニールも、中国の驚くべき成長のカギは、人口であって、生産性を高める大規模な労働人口の存在、特に、何百人もの都市への流入が、世界の製造王国の台頭に貢献したとしているが、今後の労働人口の激減が、GDP成長率を低下させ、成長が緩やかになるのは確実だとしている。
しかし、人口動態は決定的なものではなく、一人っ子政策の見直しや更なる都市への人口の流入、高等教育による生産性の向上なども考えられ、問題は成長鈍化の規模と程度であってそれ程悲観視はしていないようである。
この本で、オニールは、中国の快進撃を日本のケースと随所で比較しているのだが、日本の内向き閉鎖傾向に対して、中国は、ビジネスであれ、政治であれ、観光であれ、外の世界と積極的にコミュニケ―ションを取ろうとすることで、その姿勢に感銘を受けると言う。英語についても、大望を叶えるために積極的に受け入れ、閉ざさせた文化的アイデンティティの背後に隠れずに、世界と積極的にかかわろうとする強い意志を示すと言うのである。
中国の経済データが信用できないとか、不動産バブルや輸出主導から内需の拡大が必須だとか、成長より質を優先する政策の実行の必要性など説いているが、オニールは、中国の若者のエネルギーに接すると楽観論者になると結んでいる。
私は、オニールが、「8000万人の党員を抱える中国共産党は、世界最大の政党であるだけではなく、世界最大の商工会議所だ」と言っているように、世銀レポートの指摘するように、殆どの産業を支配し経済を独占している官僚と国営企業の利権コンプレックスの趨勢が問題で、豊かになり聡明になって文明に開化した国民が、それに対してどう対応するのかが、問題だと思っている。