熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ミラノ・スカラ座・・・「リゴレット」

2013年09月14日 | クラシック音楽・オペラ
   NHKホールでのミラノ・スカラ座の「リゴレット」を鑑賞した。
   現在最高のリゴレット歌手と言われているレオ・ヌッチだが、今回は、ダブルキャストで来日しているゲオルグ・ガグニーゼ がタイトルロールを歌う公演日を選んだ。
   レオ・ヌッチのリゴレットやフィガロをロンドンで、その黄金時代に聴いているし、ガグニーゼは、最近、ずっと、スカラ座でリゴレットを歌っていることもあり、出来れば、これからの若いリゴレットを聴いておきたいと思ったからである。
   ガグニーゼは、グルジア生まれで、スカラ座には2007年に「椿姫」のジェルモンでデビューし、「トスカ」のスカルピア、最近では、「リゴレット」を歌い続けており、2008/09年にはメトロポリタン歌劇場にもデビューしたと言うから、正に注目のバリトンである。
   ヌッチのように、表情豊かな芸の細やかさには欠けるのだが、抑え気味ながらも陰影のはっきりした苦悶に満ちた悲劇性の表現は抜群であり、朗々とした悲哀に満ちた歌声が感動を誘う。
   これまでに、イングヴァール・ヴィクセル、レナート・ブルソン、ディミトリ・ホロストフスキーなど何人かの個性豊かなリゴレットを聴いているので、そのバリエーションにも興味がある。

   マントヴァ公爵だが、私の最高の思い出は、若きパヴァロッティだが、今回は、ジョセフ・カレヤが直前に契約をキャンセルしたとかで、 急遽、フランチェスコ・デムーロに変わっていた。
   どうも、カレヤは、直前に、ロンドンのBBC Proms/Verdi arias - Royal Albert Hallでの公演があったようで、それに、19日にパリのシャンゼリーゼ劇場でフランス国立管とのヴェルディ・アリア公演のスケジュールが入っているのだが、いくら日本よりもヨーロッパの方が重要だとしても、スカラ座を蹴るなどと言うのは、キャリアに極めてマイナスとなろう。
   あのトスカニーニやキリ・テ・カナワさえ、代役で華々しいデビューを飾ったのであるし、これまでにも、代役の方が良かったことは何度もあるので、私など、スーパー・スターでない限り、どっちでも良いと思っている。
   デムーロだが、スカラ座には、ステファノ・セッコの代役として、急遽リハーサルなしで、2010年2月に『リゴレット』のマントヴァ公爵役でデビューし、衝撃的な大成功をおさめ、パヴァロッティ亡き後、イタリアから輩出された本格的テノールだと言うことだが、私には、ドン・ファン色を殆ど感じさせないオーソドックスな公爵像が好ましかったし、素晴らしい歌声に感動して聴いていた。

   ジルダは、エレーナ・モシュク。ルーマニア生まれの超絶技巧的コロラトゥーラのトップ・ソプラノと言うだけあって、容姿は実に小柄な人形のような美人だが、透き通って美しいピュアーなソプラノは凄い迫力で、舞台を圧倒して感動の坩堝に巻き込む。
   手元に、ヌッチのリゴレットとのチューリッヒでのDVDがあるが、ウィーンやバイエルンでもジルダで好評を博したと言うから当然であろう。
   エヴァ・メイやエカテリーナ・シウリーナなどのチャーミングなジルダも観ているが、夫々、リゴレット歌手との相性があり、モシュクの場合にも、ヌッチとガグニーゼとで、微妙な表現の差があるのが面白い。

   私が、最も注目したのは、指揮者のグスターボ・ドゥダメルで、1981年生まれのベネズエラ人で、現在、新しい時代を担う世代の指揮者として最も注目を集めている指揮者の一人で、“現在最もチケットの入手が難しい”ともいわれるほどの寵児である。
   春のN響のコンサートで聞いたと思うのだが、今回は、素晴らしいヴェルディ節に聞き惚れていたので、ドウダメルの指揮がどうだったか、全く記憶にない。
   

   このオペラ「リゴレット」は、体が異形であるばかりに道化となって生きなければならない、社会から排斥された人物を主人公に据えたオペラで、人の笑いものになりながらも、醜い自分を受け入れて愛してくれた妻の忘れ形見である愛娘ジルダを、唯一の生きがいとして必死に生きようとした、実に情熱的で愛情に溢れた道化師の、あまりにも悲しい物語である。
   浮気で放蕩三昧のマントヴァ公爵の爛熟した宮廷シーンを冒頭に置いて、反逆罪で罪に問われて公爵に娘を凌辱されたモンテローネ伯爵が、激怒して憤っているのを道化として嘲笑したリゴレットに、激しい呪いの言葉を吐くのだが、その呪いが、同じ愛する娘を持つリゴレットの胸を激しく刺し抜く。
   道化として陽気に振舞っていたリゴレットが、意気消沈して第一幕が終わるのだが、この呪いのテーマが、オペラ全編を貫いて、リゴレットの悲劇へと突き進む。

   リゴレットの隠れ処で、ひっそりと暮らしているジルダだが、唯一許されている教会への外出で公爵に引っかかり、買収された侍女の誘導で二人は密会。ジルダをリゴレットの愛人だと勘違いした廷臣たちがジルダを誘拐して公爵に捧げると、喜んだ公爵はジルダに手を付ける。
   ジルダを攫われたと知ったリゴレットが宮廷に雪崩込んで来て、廷臣たちに必死にジルダを返せと懇願するが嘲笑されて制止され、そこへ、犯されたジルダが飛び出して来て、リゴレットと対面、悲しい二重唱が歌われるのだが、ジルダの「日曜ごとに教会で」と切々と歌うアリアが、あまりも美しくて感動的で、実に悲しい。

   最後の第三幕は、ミンチョ河畔にある殺し屋スパラフチーレの酒場。
   公爵を殺害しようと依頼に来たリゴレットとジルダが門前に潜む前で、公爵が、殺し屋の妹マッダレーナを口説き部屋に消え、ジルダは絶望する。男装してベローナに行けとジルダを先に帰らせたリゴレットも、殺しの済んだ深夜12時に来ると言って去る。ところが、愛する公爵を助けたくて身替りに死にたいと決意したジルダが帰って来て殺され、受け取った死骸はジルダであったことを知って、リゴレットが呪いの恐ろしさに恐れおののく。
   この幕の冒頭で公爵が歌うアリア「女心の歌」が、あまりにも有名だが、ラストシーンで、この歌声が流れてくるので、死骸が公爵でないことを知ってリゴレットは絶望のどん底。

   この悲劇の最初から最後までと言ってよい程、甘味で実に美しい、時には、絶望のどん底に陥れるような凄惨で悲痛な、とにかく、何時までも途切れることなく素晴らしいアリアが延々と続き、聴衆をドラマの奈落に突き落として離さない。
   このオペラの演出は、舞台も豪華で時代設定を違うことなく、それに、シチュエーションにも、ドラマにマッチした工夫があっちこっちに凝らされているので、最近よくあるようなモダンな風潮がなくて、非常に正統派的であり、すべての役者が、ヴェルディのオペラの特質でもある音楽劇であると言うことを意識してか、役作りや心理描写が非常に上手くて、上質の戯曲を観ているような感じがした。
   

   さて、思い出話になるが、私が最初に観たリゴレットは、1971年のNHKイタリア歌劇で、マントヴァ公爵が、ルチアーノ・パヴァロッティ、リゴレットがピーター・グロッソップ、ジルダがルイズ・ラッセル、スパラフチレがルッジェロ・ライモンディ、それに、指揮はロヴロ・フォン・マタチッチと言う豪華版で、パヴァロッティの「女心の歌」の素晴らしさに圧倒されたのを思い出す。

   それから、アメリカ、ヨーロッパで、何度もパヴァロッティを聴くことになるのだが、私が、オペラにのめり込んだ(?)切っ掛けは、この公演と、少し前に見たNHKイタリア歌劇の「ラ・ボエーム」、そして、 1967年の大阪での「バイロイト・ワーグナー・フェスティバル」での、トリスタンとイゾルデで、指揮:ピエール・ブーレーズ、ヴォルフガング・ヴィントガッッセン、ビルギット・ニルソン、ハンス・ホッターと言う凄い歌手たちの織り成す途轍もない歌声であろうと思う。
   それから、アメリカ、ブラジル、ヨーロッパへと生活舞台が移ったのであるから、オペラとクラシック音楽鑑賞熱は、益々、高くなって行った。

   最近観たリゴレットは、このブログでも書いているが、8年前に、ロンドンのロイヤル・オペラで、エドワード・ダウンズ指揮で、マントヴァ公爵がローランド・ヴィラゾンの舞台。リゴレットはディミトリ・ホロストフスキー、ジルダはエカテリーナ・シウリーナ。
   次は、7年前、ローマ歌劇場の来日公演で、リゴレットはレナート・ブルソン、ジルダはエヴァ・メイ、マントヴァ公爵はステファノ・セッコ、指揮は、ブルーノ・バルトレッティ。
   そのほかでは、アメリカやヨーロッパでも結構見る機会があったと思うのだが、記憶としては、微かに断片程度にしか残っていないのだが、私の頭の中には、第二幕の最後の、リゴレットが復讐は俺がすると叫び、公爵を許してと応えるジルダが歌う激しい二重唱のメロディが、何時も渦巻いていて、リゴレットと言うと、一気に迸り出る。
   

   ところで、ミラノのスカラ座だと、休憩時間には、客席横のドアが開け放たれて、隣接する素晴らしいスカラ座ミュージアムに入って、美術鑑賞と散策を楽しめるのだが、如何せん、箱モノにしか過ぎないNHKホールは、無粋極まりないのが残念である。

(追記)口絵写真は、旅行中に撮ったミラノ・スカラ座。この時、スカラ座で観たのは、ロッシーニの「チェネレントラ」。
コメント (2)
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