真夏の花の一つは、百日紅。
わが庭には、白とピンクの百日紅が、2本植わっていて、今、綺麗に咲いている。
酔芙蓉とムクゲの苗木を植えたのだが、葉が茂って、少し、背丈は伸びたが、咲くのは来年のようである。
夏の花で思い出すのは、夾竹桃である。
サウジアラビアのリアドの街路樹に植えられていて、あの熾烈な砂漠で生き延びる花木は、夾竹桃しかないと言った風情で、あまり、勢いはよくなかったが、凄い生命力であった。
百日紅には、かなり、色彩のバリエーションがあるようだが、千葉の庭に植えた一才百日紅は、赤花であった。
百日紅の面白さは、猿も滑ると言うつるつるした木肌だが、水分や栄養は、木部から上がると言うことであろうか。



咲き続けているのは、カノコユリ。
遅ればせながら、台湾ユリが、一斉に咲き始めた。
鉄砲ユリの風情だが、ラッパ口が狭いので、華やかさはないのだが、庭一面に咲き始めると中々の雰囲気である。




庭の散水栓の根元に、一本だけサルビアが陣取っていて、時折咲いてくれる。
何の手入れもしていなければ肥料もやっていないのだが、一向に、衰える気配がない強い草花である。
アジサイが、何故か、一房だけ木陰に残っていて咲いている。
時折、蝶が舞い込んできて、小休止している。
暑くてジーンとするわが庭だが、静かである。



わが庭には、白とピンクの百日紅が、2本植わっていて、今、綺麗に咲いている。
酔芙蓉とムクゲの苗木を植えたのだが、葉が茂って、少し、背丈は伸びたが、咲くのは来年のようである。
夏の花で思い出すのは、夾竹桃である。
サウジアラビアのリアドの街路樹に植えられていて、あの熾烈な砂漠で生き延びる花木は、夾竹桃しかないと言った風情で、あまり、勢いはよくなかったが、凄い生命力であった。
百日紅には、かなり、色彩のバリエーションがあるようだが、千葉の庭に植えた一才百日紅は、赤花であった。
百日紅の面白さは、猿も滑ると言うつるつるした木肌だが、水分や栄養は、木部から上がると言うことであろうか。




咲き続けているのは、カノコユリ。
遅ればせながら、台湾ユリが、一斉に咲き始めた。
鉄砲ユリの風情だが、ラッパ口が狭いので、華やかさはないのだが、庭一面に咲き始めると中々の雰囲気である。




庭の散水栓の根元に、一本だけサルビアが陣取っていて、時折咲いてくれる。
何の手入れもしていなければ肥料もやっていないのだが、一向に、衰える気配がない強い草花である。
アジサイが、何故か、一房だけ木陰に残っていて咲いている。
時折、蝶が舞い込んできて、小休止している。
暑くてジーンとするわが庭だが、静かである。


