熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ミシェル・ウエルベック著「服従」

2017年08月20日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   日頃、小説は殆ど読まないのだが、エマニュエル・トッドの本を読んだ後であり、この「服従」の本の帯に大書されていた「フランス大統領選で 同時多発テロ 賛否渦巻く予言的ベストセラー」と言うタイトルに興味を持って読み始めた。

   「2022年、フランスの大統領選挙で、イスラーム同胞団のモアメド・ベン・アッベスが極右・国民戦線のマリーヌ・ル・ペンを破ってフランス大統領となる」と言う、一寸、考えられないようなテーマで物語が展開される小説。
   と言っても、先の大統領選挙で、既成政党の社会党と共和党・中道右派を排除して、彗星のように登場した「共和国前進」のエマニュエル・マクロンと「国民戦線」のマリーヌ・ル・ペンが決選投票を行って、マクロンが当選したということや、英国のBrexitや米国のトランプ現象を考えてみれば、絶対に有り得ない話でもなさそうな気もして、興味深々であった。

   この小説については、かなり、文学的な評価が高く話題沸騰なのだが、私自身は、文学的な知識が希薄だし関心もないので、ストーリーとして時事評論的な感想を述べてみたいと思う。
   どこまでが真実で、どこからがフィクションかの境目が微妙であり、フィクションなら何も言うことはないのだが、「近未来思考実験小説」などと言う表現もあり、未来予言的な受け止め方をしている評論もあるので、自分なりの考え方を書く。
   
   まず、最も有り得ない仮定は、大統領選の第一次投票で、国民戦線に次いでイスラム同胞団が第二位に選ばれて、どうして決選投票に臨めたかと言うことで、シャルリー・エブドのテロ以降、フランス人の反イスラム感情が高まり、人口的にも、イスラム系が極めて少数派であることを考えれば、考え得ないと思われる。
   次に、決選投票では、国民戦線が優勢となったので、エスタブリッシュメントのアイデンティティ運動家とイスラムのジハード主義者がテロを起こして選挙を延期させて、その後、UMPと民主独立連合と社会党が、「拡大共和戦線」を立ち上げて、イスラーム同胞団の候補者を支持する構図で大統領選に臨んで勝利する。
   イスラムが権力を握った場合、キリスト教徒はどうなるのか、必然的に二級市民、ズィンミー(被保護民)の地位を受け入れなければならないのだが、イスラム原理主義とは違って、この位置づけは極めて柔軟で、キリスト教は何の妨害もされないどころか、カトリックの様々な組織や教会の維持管理に配分される補助金はかえって増加するであろう。と言うのである。
    極右・国民戦線の支配よりも、イスラム支配の方がマシだ。と言う発想なのだが、荒唐無稽も甚だしい発想である。
   トッドは認めていないが、ハッチンソンの「文明の衝突」などありえないと言う前提である。

   尤も、世界の歴史を展望すれば、高度な学問芸術に加えてギリシャ文明を継承してルネサンスのもとになるなど、イスラム文明が、世界に冠たる最高峰であった時期が結構長く、ズィンミーながら、宗教政策については、かなり、寛容であったことを考えれば、現在優勢な西洋文明よりは、ある意味では、優れていたのかも知れない。と考えられないこともない。
   ウエルベックにそんな思いがあったのかどうか、私には分からない。

   さて、この小説の主人公ぼくは、ジョリス=カルル・ユイスマンス を研究するパリ第三大学の文学部教授、40代半ばで独身。
   物語は、大学の同僚やその関係者などとの関係やメディアなどの情報を織り交ぜながら展開されて行く。
   ユイスマンスが、”エミール・ゾラに共鳴して自然主義小説を書くようになり、娼婦の世界を描いた『マルト、一娼婦の物語』でゾラに認められ・・・(ウィキペディア)”と言う所為か、かなり、際どい描写もあって、流石フランス小説である。

   興味深いのは、イスラムの天下になった瞬間に、イスラム教徒でないと勤められなくなって、大学教授を首になること、しかし、サウジアラビア・バックの政府なので、潤沢な年金は支給されて、不本意な浪々生活を送る。
   最後には、イスラム教に改宗して、ソルボンヌ大学の教授職について、ハッピーエンド。
   女性が男性に服従、人間が神に服従・・・人間の絶対的な幸福が、「服従」にある。と言うのだが、さて、どうであろうか。

   イスラム化したフランスが、どう変わったか。
   アラブマネーの投入でフランスの不動産市場が活況を呈し始めたとか、女性の服装や姿に色気がなくなったとか、書いているが、一寸変わった指摘は、アッペス大統領が、「ディストリビュティヴィズム」と言う、資本主義でもなければ共産主義でもない、第三の道の経済政策を打ち出したと言うことである。
   インターネットにさえ記述がないのでよく分からないのだが、経済の基本的単位は、一般的に家族経営にあり、ヒレア・ベロックの「一般市民がそれぞれ財産や生産手段を所有していた「分配型体制」を再建すること」のようで、イスラムの教えと一致しており、「政府は、大企業への支援を一切停止する」と言う方針を取るので、ブラッセルにも受けが良いのだと言う。

   とにかく、小説の筋に関係ないのか、イスラム化後のフランスについての記述は、殆どないのだが、フランスの政治経済社会の驚天動地の大混乱は勿論のこと、EUは無茶苦茶になってしまう筈で、Brexitの比ではない。

   私など、文学的な読み方ができないので、すぐに、現実的な関係が気になって、一寸、躓くとすんなりと読めなくなってしまう。
   まして、評者たちに、いい加減な文明評論を展開されて称賛されると、益々、気になる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする