熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

木村伊兵衛「六代目 尾上菊五郎―全盛期の名人芸」

2017年08月16日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   先日、「松緑芸話」について書いたが、その師匠であった六代目尾上菊五郎の舞台写真を撮った木村伊兵衛の本があると知って、手に取った。
   私自身が生まれる以前の戦前の写真であるから、この本が出版された時にも既に60年前、すなわち、80年も前の菊五郎の舞台姿である。

   木村伊兵衛は、著書も読んだし、曲がりなりにも写真を趣味にしてきた私には、見上げるような大写真家であるのみならず、色々な作品を見ていてよく知っている。
   伝統芸術を海外に伝えようとの外務省の依頼で、木村伊兵衛は、ライカを持って、5~6年、菊五郎の舞台を追い続けたと、奥方の木村久子さんが語っている。
   ライカの明るいレンズのお陰で、手持ちで撮ったという写真だが、ウイキペディの木村伊兵衛の項に、1933年12月に、ヘクトール73mmF1.9レンズを多用した写真を『光画』に発表したと書かれているから、確かにレンズは明るいが、フィルムの感度が低かった筈なので、無理は出来なかったであろうが、フラッシュなし撮影の素晴らしい写真が収載されていて、感動的である。
   
   戦争で随分ネガが焼けて焼失したが、幸い知り合いの写真館の地下室に保存されていたので残っていて、監修者の千谷道雄のところに、三千枚のべた焼きが送られてきて、木村伊兵衛が背後で指図する気配を感じながら、収載作品を選んだのだと言う。
   とにかく、モノクロの写真だが、現在の歌舞伎座の舞台を観ているような臨場感たっぷりの舞台写真で、端正な顔立ちの六代目の舞台姿の決定的な瞬間を取り続けているので、その素晴らしさが髣髴としてくる。
   梅幸によると、木村伊兵衛は、「この舞台を撮ろうと思ったら、カメラを持たずに、十五日くらい通って、ここと、ここと一々シャッター・チャンスをきめて撮影に取り掛かるんだ」と言っていたと言う。

   冒頭、「楽屋にて」と言うタイトルで、化粧前で、中啓(扇)を手にする六代目の写真や化粧する様子などが掲載されていて、次の舞台写真のトップは、「鏡獅子」である。
   この鏡獅子だが、ウィキペディアを引用すると、
   九代目團十郎はこの『鏡獅子』を一度しか演じておらず、その後大正3年(1914年)に市川翠扇から『鏡獅子』の振付けを教わった六代目尾上菊五郎が演じ、以後自身の当り芸とした。六代目菊五郎没後もほかの役者によって演じられ今日に至っている。

   この六代目の鏡獅子を最高のシーンでフリーズした巨大な「鏡獅子像」が、国立劇場の正面ロビー、客席へ入る直前に飾られていて、いつも、その素晴らしい雄姿を眺めながら客席に入る。
   木彫家平櫛田中が、六代目をモデルにして、20年をかけて完成させた入魂の傑作で、感動的である。
   木村伊兵衛の写真は12点、流れるような勇壮な毛振りシーンは圧巻で、この写真と平櫛田中の巨像が封じ込めた「鏡獅子スピリットは、六代目に尽きると言う。

   その後、仮名手本忠臣蔵をはじめとする時代狂言、弁天小僧などの世話狂言、汐汲や藤娘などの所作事などの素晴らしい舞台写真が掲載されている。
   歌舞伎鑑賞の期間が長いだけに、結構多くの舞台に接しているので、その思い出をも加味しながらイメージを膨らませて、木村伊兵衛の舞台写真を楽しませて貰った。
   千谷道雄の「六代目の生涯」も、六代目理解に、非常に役立った。
   
   とにかく、この木村伊兵衛の写真が、すべてを物語っており、小冊子ながら素晴らしい本である。
コメント
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