なぜ、ヨーロッパでテロは続発するのか。
先に、エマニュエル・トッドの「ヨーロッパのテロ事件はヨーロッパ発」を書いたが、コスロカヴァールが、もう少し、専門的な、多少違った切り口から解説しているので、考えてみたい。
「シャルリ・エブド」襲撃事件までのパリを現場とする都市型テロは、確かに、トッドの言うように、抑圧され阻害されたイスラム系フランス人による、自国民のテロであった。
テロの実行犯は、大都市郊外の移民系住人が多い地区で育った「バンリューザール」と呼ばれる若者たちであった。
彼らは、社会において、未来を閉ざされ、見捨てられ、頬舌されたと自覚した若者たちで、社会に対する報復をもくろみ、過激ジハード主義を掲げて、テロへと突き進んだ。
底辺の暮らしから犯罪に手を染め、刑務所を経て、そこで過激イスラム主義を介して仲間を得て、社会への報復をテロと言う暴力で果たす、そういう強い意志を持つ者たちであった。と言う。
ところが、「シャルリ・エブド」襲撃10か月後、パリを震撼させた連続多発テロの犯人たちは、「バンリューザール」ではなくて、中産階級やパリ交通公団のバス運転手やバー経営者など、少し違う背景を持っており、中流の暮らしをしていた者が、内戦のイラクやシリアへ渡航して初めて過激化して、凶暴なテロ実行犯となっている。
彼らは、トッドの言う二重国籍のフランス人だけではなくて、モロッコ系ベルギー人であったり、シリア難民に交じって欧州へ来たものであったり、多様な背景を持つ者たちが、過激ジハード主義を共通項として復讐の惨劇に向けて自爆し、銃の引き金を引いた。
フランスとベルギー、それに内戦中のシリア、イラクと言う複数の組み合わさった上に、背景でイスラム国ISが、過激思想の理論教育や爆弾取り扱いなど物心両面でテロ集団を支えると言う国境を越えた構図になっている。
8年前に、アラン・B・クルーガー著「テロの経済学」をブックレビューして、「テロリストは貧しく教育なしはウソ」を書いたことを思い出した。
当時、ブッシュ大統領やブレア元首相を筆頭に世界中の指導者や識者は、口々に、経済的貧困と教育の欠如がテロリストの発生と結びついていると説き、この考え方が常識かつ通説のようなになっていたのだが、ニューヨークのワールド・トレード・センターでの9.11事件の首謀者は、豊かな高学歴者ばかりであったように、テロリストは、貧困層の出身ではなく、十分教育を受けた中産階級または高所得家庭の出身である傾向が見出されるとしたのである。
クルーガー教授の研究による結論は、ほぼ、次のとおりである。
政治的暴力やテロリズムに対する支持が、教育水準が高く世帯収入も高い人々の間で多くなっている。
テロリストは、出身母体の人口全体に比べ、教育水準が高く富裕階層で、貧困家庭の出身である傾向はない。
国際テロ活動では、市民的自由が抑圧され、かつ政治的権利もあまり与えられていない国の出身者である傾向が強い。
テロリストは、全体主義体制で抑圧的な貧しい国を攻撃するよりも、市民的自由や政治的権利が多く与えられている富裕な国を攻撃する可能性が高い。
距離が重要で、国際テロリストや外国人反乱者は近隣諸国出身者が多い。
テロリストは、テロ活動に対する恐怖感を広げ、彼らの望む効果を得るためには、メディアを必要としている。
しかし、ある国の一人当たり所得や非識字率は、その国出身者の国際テロリストの人数とは無関係である。
以上のクルーガーの見解と、トッドやコスロカヴァールの見解を合わせれば、ヨーロッパのテロのイメージが何となく浮かび上がってくる。
さて、トッドが説いていた「バンリューザール」だが、戦後成長期の工業化時代に非熟練労働者として大挙して入ってきたイスラム系植民地からの移民の子孫たちで、貧困や家庭環境の劣悪、学業が振るわず、人種や就職で差別体験を重ねるうちに、社会に対する恨み、報復の感情を抱くようになったのだが、
移民家庭に育ちながら豊かな中産階級に属するような者でさえ、シリアやイラク、イスラエル占領下のパレスチナなど、イスラム圏の国々や地域が、西洋列強の力によって手ひどい仕打ちを受けており、同じイスラムの同胞が地中海の向こうで過酷な境遇に置かれているのを見て、ヒューマニズム精神を刺激されて、自分にできることで彼らを助けたいと思いこむ者も出てくる。
欧州から多数のイスラム系や、他宗教から改宗した若者が、シリアやイラクへ続々と渡航し、ISに飛び込んでいる背景には、そのような心象風景が関係する。と、コスロカヴァールは言っている。
今のイスラム系の若者たちにあるのは、民主主義でも資本主義でもなく、イスラムと言う宗教精神である。
しかし、自分たちの今住んでいる「ヨーロッパ」は、彼らにとっては、外部のもの、外在化されたもので、「自分たちのもの」でもなく、欧州各国に住む約1,500万のイスラム系住民にとっては、父祖の土地ではない。
「バンリューザール」の若者が抱くような憎悪の対象とさえなる存在である。とするならば、どうするのか。
コスロカヴァールは、
ISの力は侮れない。北アイルランドのIRAや、コルシカ、スペインのETAによるテロは「ソフト・テロ」と呼ぶ国内問題だが、ISの絡むテロは、「戦争状態」と言う、外部からの攻撃と捉えられているから違う。と言う。
コスロカヴァールが指摘するもう一つの問題は、「フェミニザシオン」。
少女や成人の女たちが内戦地シリアへ渡航しており、多くが中産階級出身で、しかも、最近イスラムに改宗した者が多い。
欧州からISに加わった約5000人のうち700人は女性で、フランス人の場合、ほぼ半数は12から17歳で、そのうち30%が非イスラム教徒と見られている。
現在社会から消えた理想の男、つまり危険を顧みず、仲間の救出に飛び出す勇気のある男を見つけたいと言う願望、フランスの弱弱しい草食系の頼りない男と違って、男らしさを復権させた理想の夫となれる勇敢な青年がIS支配地にいると言う思い込み・・・
以前に、フランスかイギリスか忘れたが、シリアへ渡航する10代の少女2人が空港で引っかかったと報道されていて、不思議に思っていたのだが、
文明の崩壊とも言うべきか、信じられないような世界が、ヨーロッパでは展開されているのである。
よくは分からないが、やはり、サミュエル・P. ハンチントンの「文明の衝突」
キリスト教文明の欧米とイスラム教のイスラム圏 との衝突、と言うよりも、
その皮を被った権力と権力の衝突の様な気がしている。
人間の悲しい性と言うべきか、抑圧し、抑圧される、権力闘争が、消えない限り、この地球上から、テロは消えそうにないという気がしている。
先に、エマニュエル・トッドの「ヨーロッパのテロ事件はヨーロッパ発」を書いたが、コスロカヴァールが、もう少し、専門的な、多少違った切り口から解説しているので、考えてみたい。
「シャルリ・エブド」襲撃事件までのパリを現場とする都市型テロは、確かに、トッドの言うように、抑圧され阻害されたイスラム系フランス人による、自国民のテロであった。
テロの実行犯は、大都市郊外の移民系住人が多い地区で育った「バンリューザール」と呼ばれる若者たちであった。
彼らは、社会において、未来を閉ざされ、見捨てられ、頬舌されたと自覚した若者たちで、社会に対する報復をもくろみ、過激ジハード主義を掲げて、テロへと突き進んだ。
底辺の暮らしから犯罪に手を染め、刑務所を経て、そこで過激イスラム主義を介して仲間を得て、社会への報復をテロと言う暴力で果たす、そういう強い意志を持つ者たちであった。と言う。
ところが、「シャルリ・エブド」襲撃10か月後、パリを震撼させた連続多発テロの犯人たちは、「バンリューザール」ではなくて、中産階級やパリ交通公団のバス運転手やバー経営者など、少し違う背景を持っており、中流の暮らしをしていた者が、内戦のイラクやシリアへ渡航して初めて過激化して、凶暴なテロ実行犯となっている。
彼らは、トッドの言う二重国籍のフランス人だけではなくて、モロッコ系ベルギー人であったり、シリア難民に交じって欧州へ来たものであったり、多様な背景を持つ者たちが、過激ジハード主義を共通項として復讐の惨劇に向けて自爆し、銃の引き金を引いた。
フランスとベルギー、それに内戦中のシリア、イラクと言う複数の組み合わさった上に、背景でイスラム国ISが、過激思想の理論教育や爆弾取り扱いなど物心両面でテロ集団を支えると言う国境を越えた構図になっている。
8年前に、アラン・B・クルーガー著「テロの経済学」をブックレビューして、「テロリストは貧しく教育なしはウソ」を書いたことを思い出した。
当時、ブッシュ大統領やブレア元首相を筆頭に世界中の指導者や識者は、口々に、経済的貧困と教育の欠如がテロリストの発生と結びついていると説き、この考え方が常識かつ通説のようなになっていたのだが、ニューヨークのワールド・トレード・センターでの9.11事件の首謀者は、豊かな高学歴者ばかりであったように、テロリストは、貧困層の出身ではなく、十分教育を受けた中産階級または高所得家庭の出身である傾向が見出されるとしたのである。
クルーガー教授の研究による結論は、ほぼ、次のとおりである。
政治的暴力やテロリズムに対する支持が、教育水準が高く世帯収入も高い人々の間で多くなっている。
テロリストは、出身母体の人口全体に比べ、教育水準が高く富裕階層で、貧困家庭の出身である傾向はない。
国際テロ活動では、市民的自由が抑圧され、かつ政治的権利もあまり与えられていない国の出身者である傾向が強い。
テロリストは、全体主義体制で抑圧的な貧しい国を攻撃するよりも、市民的自由や政治的権利が多く与えられている富裕な国を攻撃する可能性が高い。
距離が重要で、国際テロリストや外国人反乱者は近隣諸国出身者が多い。
テロリストは、テロ活動に対する恐怖感を広げ、彼らの望む効果を得るためには、メディアを必要としている。
しかし、ある国の一人当たり所得や非識字率は、その国出身者の国際テロリストの人数とは無関係である。
以上のクルーガーの見解と、トッドやコスロカヴァールの見解を合わせれば、ヨーロッパのテロのイメージが何となく浮かび上がってくる。
さて、トッドが説いていた「バンリューザール」だが、戦後成長期の工業化時代に非熟練労働者として大挙して入ってきたイスラム系植民地からの移民の子孫たちで、貧困や家庭環境の劣悪、学業が振るわず、人種や就職で差別体験を重ねるうちに、社会に対する恨み、報復の感情を抱くようになったのだが、
移民家庭に育ちながら豊かな中産階級に属するような者でさえ、シリアやイラク、イスラエル占領下のパレスチナなど、イスラム圏の国々や地域が、西洋列強の力によって手ひどい仕打ちを受けており、同じイスラムの同胞が地中海の向こうで過酷な境遇に置かれているのを見て、ヒューマニズム精神を刺激されて、自分にできることで彼らを助けたいと思いこむ者も出てくる。
欧州から多数のイスラム系や、他宗教から改宗した若者が、シリアやイラクへ続々と渡航し、ISに飛び込んでいる背景には、そのような心象風景が関係する。と、コスロカヴァールは言っている。
今のイスラム系の若者たちにあるのは、民主主義でも資本主義でもなく、イスラムと言う宗教精神である。
しかし、自分たちの今住んでいる「ヨーロッパ」は、彼らにとっては、外部のもの、外在化されたもので、「自分たちのもの」でもなく、欧州各国に住む約1,500万のイスラム系住民にとっては、父祖の土地ではない。
「バンリューザール」の若者が抱くような憎悪の対象とさえなる存在である。とするならば、どうするのか。
コスロカヴァールは、
ISの力は侮れない。北アイルランドのIRAや、コルシカ、スペインのETAによるテロは「ソフト・テロ」と呼ぶ国内問題だが、ISの絡むテロは、「戦争状態」と言う、外部からの攻撃と捉えられているから違う。と言う。
コスロカヴァールが指摘するもう一つの問題は、「フェミニザシオン」。
少女や成人の女たちが内戦地シリアへ渡航しており、多くが中産階級出身で、しかも、最近イスラムに改宗した者が多い。
欧州からISに加わった約5000人のうち700人は女性で、フランス人の場合、ほぼ半数は12から17歳で、そのうち30%が非イスラム教徒と見られている。
現在社会から消えた理想の男、つまり危険を顧みず、仲間の救出に飛び出す勇気のある男を見つけたいと言う願望、フランスの弱弱しい草食系の頼りない男と違って、男らしさを復権させた理想の夫となれる勇敢な青年がIS支配地にいると言う思い込み・・・
以前に、フランスかイギリスか忘れたが、シリアへ渡航する10代の少女2人が空港で引っかかったと報道されていて、不思議に思っていたのだが、
文明の崩壊とも言うべきか、信じられないような世界が、ヨーロッパでは展開されているのである。
よくは分からないが、やはり、サミュエル・P. ハンチントンの「文明の衝突」
キリスト教文明の欧米とイスラム教のイスラム圏 との衝突、と言うよりも、
その皮を被った権力と権力の衝突の様な気がしている。
人間の悲しい性と言うべきか、抑圧し、抑圧される、権力闘争が、消えない限り、この地球上から、テロは消えそうにないという気がしている。