地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

バンコク近郊大周遊 (9) ナコーンパトム駅

2014-01-21 00:00:00 | タイの鉄道


 かなり間が開いてしまいましたが、あと2ヶ月もしない内に昨年のミャンマー訪問ついでタイ訪問から1年となってしまいますので、何とかバンコク近郊日帰り大周遊記を完結させたいと思います (汗)。
 メークロンから都市間赤バスに乗り、いちかばちかラチャブリーから南本線の客車鈍行に乗ろうとしたところ、1時間半遅れでの到着のためまんまと連絡に成功したのが前回までのお話 (笑)。発車後しばらくは、日本国鉄10系客車のタイ輸出バージョンと呼ぶべき客車に揺られ、脳味噌が昭和な日本人にとっても最高に懐かしく愛おしい質朴な車内アコモデーションを満喫しました♪ 窓の外から吹いてくる暑季の乾いた熱風で、ほぼ全ての椅子が埋まる程度に乗っている乗客の皆様は一様にグッタリしている中、勝手に車内営業している売り子が何とか在庫を売ろうと必死に張り上げる声が空しく響くのもまた、タイの鈍行列車の旅らしいと言えましょう……。数分から10分に一回程度途中駅に到着しますと、どの駅も質素な駅舎とホームが清潔に保たれている中、暑季だからこそ激しく咲き乱れるブーゲンビレアの花の彩りがまぶしく……。そんな車内外ののんびり・まったりとした情景を味わうことこそ、熱帯ながらも日本の汽車旅のノリを激しく思い出させてくれるタイの鈍行旅の醍醐味なのだろうと思います。



 というわけで、ラチャブリーから約1時間15分で、次の目的地であるナコーンパトムに到着~。ここは鉄道趣味的にみて何か特筆すべきものがあるというわけではありませんが、駅前に世界最大の仏塔との誉れ高い「プラ・パトム・チェディ」がありまして (マジで巨大です!)、以前学生時代の卒業旅行でタイを訪れた際にこの街を訪ね、門前町=駅前通りの雰囲気ともども実にイイ感じだなぁ……と思ったことから、今回の駆け足周遊でもちょっくら途中下車してみようと思った次第です。そこでまずは、それまで乗って来たトンブリー(バンコク中心街から見て西の川向こう)行の鈍行をパチリ! (1枚目の画像)
 その後はプラ・パトム・チェディ参拝&駅前散歩&マハーチャイ行きバス窓バス激写を手早く済ませ(さすがに10数年ぶりの再訪ですと、屋台が密集乱立してかなり猥雑な雰囲気であった駅前通りが小綺麗に変わり、犬も歩けばセブンイレブンに当たるほどにコンビニが乱立し……これが経済発展というものなのでしょうか??)、再び駅に戻って参りました。そこでまずは、ホアヒン発ホアラムポーン (以下クルンテープ [=バンコク]と表記) 行のDC鈍行の切符をゲットしたのち、しばし列車到着まで撮影モード♪ ちょうど上手い具合に、クルンテープ発ヤラー行の長距離快速列車が到着しましたので、中間に連結されている様々な客車の形式写真を含めて撮りまくりです! 個人的にはとくに、非冷房ニス塗りの2等座席車でのんびりと旅をしたいのですが、各国首都をピンポイント的に訪問して列車を撮りまくるというスタイルの旅をするヒマしかないもので、う~む、将来無くなってしまう前に時間を確保しなければ……。また、ヤラーやスンガイコロクなど深南部のタイ・イスラームな街を訪ねたのち、国境を越えてマレーシア東海岸の田舎町をめぐる……というのんびり旅などもやってみたいものですが、タイ深南部は独立運動の影響でいつ何時列車が襲撃されるか分からないという土地柄ですので(日本外務省も警告中……)、何とも困った話です。平和あってこその鉄道趣味ということでしょうなぁ……。


 嗚呼!新塗装になっても魅惑的すぎる非冷房2等座席車!
 車内がニス塗り♪な点は、ミャンマーのアッパークラス車も及ばず!



 電源室つき荷物車。非冷房客車の台車は軒並み日本DT21風。



 非冷房2等プルマン寝台車。長旅ではこれが一番人気のようです。
 トイレからは日本風の流し管が延び、バリバリに垂れ流し式 (汗)。



 新塗装もまぁタイらしい意匠で悪くないですが、やっぱ旧塗装最高♪
 つーかこの寝台車乗りてぇ。ニス塗り2等座席と比べると迷いますが。

富山地鉄17480形最初の冬 (1) 雪の森と81F

2014-01-20 00:00:00 | 地方民鉄 (中京北陸)


 東急8590系改め富山地鉄17480形が、最高にマニアックなファンイベントを皮切りとして地味~に濃ゆぅ~くデビューしてから早いもので2ヶ月半。11月初旬の時点では稲荷町の建屋内でバラバラにされて改造中であった8593+8693も、17483+17484と名を改めて先月無事富山デビューを果たしました♪ 
 そこで、2本の編成がまだまだ床下を含めてキレイなうちに、雪国を走る電車らしく雪まみれになって力走するシーンを見てみたいものだと思いまして、先週末京都に出張したついでに富山に遠回りして参りました (汗)。う~む、秩父7500系は必ずしも頻繁に撮りに行くというわけではないのに、富山地鉄17480形を僅かな間隔で又しても撮りたいと思ってしまうのは何故なのでしょう……。まぁ率直に考えて、大井町線時代の姿を踏襲しながらも大井町線ステッカーが無くなったためカッコ良さが増したのと、2本しかないため希少性が高く、なるべく通うようにしないと撮り貯まらないという問題、そして何と言っても雪と険しい山岳と東急電車という組み合わせが新鮮すぎるからでしょうか? (笑)



 というわけで、まずは京都で夕方の会合に出席するという用務を終えた後、サンダバ45号に乗って一気に富山へ! しかし……その道すがら、2~3日前の天気予報に反して全然沿線に雪積もってねぇ……。これでは一体何のために冬の富山に撮り鉄しに行くのかさっぱり分からないという当惑が内心に渦巻きます。とはいえ、天は我を見放さず! 高岡を発車すると沿線に積雪が見られるようになり、まぁ翌朝は最低限雪化粧した中で撮り鉄できそうだと期待しつつ、深夜の冷え切った富山駅に到着~。そのまますぐに富山地鉄ホテルにチェックインしたのでありました。
 そして翌朝! ホテル滞在6時間未満という勿体無さではありますが、これもひとえに限られた時間の中で最大限撮り鉄活動時間を確保するため……と思いつつ、チェックアウトを済ませて駅ビル1Fの改札口に向かうものの、2Fのフロントから階段を下りきってコンコースに入るまでは、果たして17480形がどの時間に来るか全く分かっておりません (汗)。新相ノ木駅開業に伴う昨年末のダイヤ改正の結果、列車時刻は結構いじられており、11月初頭の時点で公式HPに掲げられていた17480形運用も全く無効となった状態です。17480形はあくまで、特急うなづきに重ならないような一般列車用運用に臨機応変に入っているものと推察されます。そこで、テキトーに雪景色がキレイなところまで乗り、17480が来るまで待つ……ということになりますが、とくに景色が良い立山線は本数が少なく、ギャンブル性が非常に強い……。いっぽう、まだ暗いうちはロクに光量が確保出来ないことから、撮影地として目星をつけたところまで移動するにあたって、出来れば17480を引き当てて、車内から雪景色三昧を楽しみたいという願望もあります。
 そんなこんなで、フロントからの階段を下りてコンコースに出る瞬間、緊張はMAXに達したのですが (笑)、天はあくまで我を見放さず! なな何と、この日の6時12分発・立山行は、17481Fが入っておりました。バンザーイ!! 
 この後は、癒しの東急8000系列サウンドを満喫しながら、一路常願寺川の峡谷を目指します。やがて寺田前後からほのかに明るくなり始め、岩峅寺へ向けて登って行くにつれ積雪が多くなって行く光景に期待が高まります♪ そして岩峅寺にて、上滝線に乗り換える部活&補習学生(またはセンター試験受験者?)が下車したあと、いよいよ山岳ゾーン雪景色祭り開始!! 積雪量はドカッとしたものではないのが少々遺憾でしたが、線路脇の樹木から落ちた雪をたまに「ゴボッ!」と噛みながら、凄みすら感じるほどに凍てついた白い森をよじ登って行く走りは、これぞ8590系の富山地鉄入線が明らかになって以来期待していたものなのです!! 
 やがて8692F改め17481Fは千垣鉄橋をソロリソロリと渡り (厳冬期の峡谷の風景がコエェェェ~!)、年代モノの駅舎とホームが最高にシブい有峰口に到着! 中学卒業旅行で初めて富山を訪れたときも、お目当ての14710形の山登りに感激して雪たっぷりの有峰口に降り立ったなぁ~と思い出しつつ、トボトボとお気に入りの場所に向かい、放射冷却で最高に底冷えするのをこらえ、立山から折り返して来た17481Fを無事激写したのでした♪
 (最後の20数字を書くまでの前置きが余りにも長すぎだろオイオイ……汗)

冬空の秩父鉄道 (3) 主力7500系

2014-01-19 00:00:00 | 地方民鉄 (秩父)


 最近の秩父鉄道における話題の車両と言えば、引退間近の1000系やヘンテコマスクの7800系でしょうが、いっぽう登場当時はあれほど物珍しかった7500系はといえば、今や7本に増殖し、当然のようにやって来ます。うーむ、それはあたかも、今から約四半世紀前、1000系に対して抱いた感情を思い出させるものがあります。運輸省規格型半鋼製釣掛(車内はニス塗り!)の100系があっという間に1000系に駆逐されて行くのを目の当たりにしながら、「101系なんぞ、まだ鶴見線や南武線あたりでくすぶっていれば良いのだ……」と (爆)。それと同じく「何故かくもあっという間に大井町線から消えてしまい、1000系を駆逐してしまったのか!」と (汗)。



 しかしまぁそれもひとえに、副都心線で東急9000系が使われなかったのと (東武9000系と比べて何という運命の違い……)、秩父1000系が余りにも永く使われたこと、以上二つの運命が奇妙に合致したためなのでしょう。というわけで、増殖しまくった8090→7500系を目にしながら「本来ならばまだまだ余裕で東急で活躍できるのに、何という不運な車両たち!!」という思いと、「さすがにここまで増えて1000系を駆逐するとは……」という思いが複雑に交錯せざるを得ません (汗)。というわけで、長年秩父ファンと東急ファンと国鉄型車両ファンを掛け持ちでやって来た者としては、約四半世紀前の交代劇と今回の交代劇がダブって見えるのであります。ともあれ、今や1000系と同じ役回りに回った7500系につきましては、SL党の来訪を除けば静かになるであろう秩父沿線を折に触れて訪ねることで、20年以上後を見据えた丁寧な記録に努めたいと思っております。まぁ一つだけ何かを望むとしたら、車体の汚れを何とかして頂きたいということでしょうか……。

第五ジャカルタ炎鉄録 (21) 急行クラカタウ

2014-01-17 00:00:00 | インドネシアの鉄道


 昨年8月のジャカルタ遠征でスルポン=バンテン線を訪問した際のお目当ては、電化開業間もないパルンパンジャン~マジャ間での電車乗車、チコヤ駅での電車激写&乗車(大失敗!)、そしていつの間にかインドネシアで貴重なものになりつつある非冷房客車乗車でありました。しかし、撮り鉄面でいまスルポン=バンテン線最強のスターとして台頭したのは決してKFWやメトロ05系の類ではなく、新型エコノミーAC客車を使用した新設急行「クラカタウ」であります!
 クラカタウとは、スンダ海峡に浮かぶ活火山の島であり、歴史上しばしば自らの山容を吹き飛ばしてしまうほどの凄まじい大噴火を起こし、その都度全世界的な異常気象の嵐を引き起こしてきたという、日本と並ぶ地震と火山の国であるインドネシアを象徴する火山島の一つです。そんな、インドネシア人であれば誰でも知っている固有名詞を堂々と冠して出現したこの列車、スンダ海峡連絡フェリーの発着点であるジャワ島最西端・メラクを振り出しに、バンテン線~ジャカルタ環状線北部~パサールスネン~チルボン~ジャワ横断南線~ジョグジャカルタを経て、インドネシア国鉄客車の故郷である東ジャワのマディウンに至るという堂々たる長距離列車であり、しかも従来長距離列車不毛の路線であったバンテン線に放たれた新たな需要喚起策ということになります。すなわち、スマトラ島民やバンテン州の主要都市住民が中部&東ジャワへと出掛ける際(その逆も然り)、何事も過密で交通機関の乗換も面倒なジャカルタを冷房車にのんびり座ってスルー出来るという、ある意味で夢のような列車なのです☆ しかも使用客車は、「ガジャウォン」「マジャパヒト」「メノレ・エクスプレス」等、ここ2~3年相次いで登場しボックスシートながらも2+2配置で極めてゆったりとした座り心地を誇る、水色系の新型エコノミーAC客車! そう……これはある意味で、経済発展著しいインドネシアにおける鉄道新時代を象徴する新たなサービス施策の一環なのです。



 そして撮り鉄面から見た場合、この急行クラカタウには複数の魅力があります♪ まず何と言っても、緑豊かで起伏とカーブが多いバンテン線を走ること☆ パクアン急行様のブログにアップされた写真は、ジャカルタから至近距離でこんなカットを撮れるとは!というオドロキに満ちています! そして、白昼堂々とジャカルタ南西部のセレブな高層マンション街をかすめ、さらにドゥリの線路市場にも突っ込んで来るという……(但し正午頃につきほとんど露店は営業終了 ^^;)。これらは、上述のパサールスネン発の列車をジャカルタ界隈でド順光で撮ろうとしても叶わない (基本的に、並走する大通りの緑の並木がバックになります)、急行クラカタウの大きな魅力です。
 とはいえ、インドネシア国鉄が真面目に宣伝をしないためか、あるいは高速バスや航空機の利用が急速に拡大する一方で鉄道は値上げに次ぐ値上げで客離れが起きているためか、総じて登場間もない急行クラカタウの利用状況は低調なのだとか……。これはまさに、1970~80年代の日本国鉄における長距離急行列車が置かれていた状況に似ているような……。一旦、全員前を向いて座りつつ機動的に移動出来る他の手段のうま味を知ってしまえば、たとえ冷房搭載のキレイな車両であってもボックスシートの列車には魅力を感じなくなるというのも道理でしょう。周知の通り、その結果日本国鉄の急行がたどった運命は、特急と快速への分化だったわけですが、何だかインドネシアのボックスシート客車急行も似たような運命をたどりそうな気がするのですなぁ……。
 それだけに、折角一部車両の側面に専用ロゴまで用意して賑々しく登場した急行クラカタウも、いつまで走るか全く分からん……。ならば撮るのは今! というわけで、1枚目はジャカルタ南西部の高層マンションバック狙い、2枚目は落花生。様とご一緒した際のドゥリ界隈狙いですが……うわぁぁぁん!1枚目は陰ったぁぁっ! (号泣) 待っている間はドピーカンだったのにぃぃ……。そして2枚目も、線路市場にほとんど人がいない時間帯だというのに、ヤローが二人……。うーむ、来年以降是非撮影面でリベンジを果たしつつ、そんなに空いているなら是非乗ってみたいとも思うのですが、果たして無事定期急行として根付いてくれるでしょうか??

能勢電100周年 (1) 記念深緑塗装

2014-01-16 00:00:00 | 都市民鉄 (近畿以西)


 昨年開業100周年を迎えた能勢電鉄。元はといえば能勢妙見への参拝電車として細々とヘロヘロ線路を走るのみの零細路線であったようですが、梅田からほど近い距離にあって多少冷涼な丘陵地へと分け入ることから、沿線一帯は高度成長期以来「大阪の奥座敷 or 軽井沢」として注目を集め、猪名川の峡谷の奥に見事なニュータウンが現出するに及んで、輸送力が倍々ゲームに増強されて今日に至っているとのこと。その過程では、明確に阪急宝塚線の支線的存在として脱皮するという選択をした結果、神宝線の三世代の中古車が活躍してきたのみならず、日生エクスプレスの入線に備えて見事な8連対応ホームまで備わっているというのは、ヨソモノにとって驚愕の限りです。



 そんな能勢電は、開業100周年を記念して50・60形鉄コレ(鉄コレ史上初のポール集電!)を発売したことで、関東のヲタにとっても新鮮な話題を振りまいたわけですが、それ以上に究極のネタとして放たれたのが、1500系2連2本のレトロ旧塗装! いや~数年前のチョコバナナとフルーツ牛乳も、末端部での運用風景を記録するべく思わず山下駅まで行ってみたくなるものがありましたが、今回はさらにマニアック過ぎるチョイス……。ここまで気合いが入っていると撮らないわけには行きません (笑)。というわけで、昨年の9月に南海7000系鉄コレゲットのため関西遠征を敢行した際、初日に姫路近辺をめぐったのちの翌朝、能勢電を訪れて激写した次第です♪
 ただ正直なところを申しますと、グレーがかったダークグリーンとオレンジ窓枠&唐草模様の組み合わせはやや微妙かも (^^;)。もう少し彩度の高いダークグリーンであれば、撫順電鉄の車体色とパンタの組み合わせっぽくてなかなかイケているように思うのですが……(どーゆー比較の基準やねん。爆)。