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ミステリ感想-『魔王』伊坂幸太郎

2015年10月10日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「考えろ考えろマクガイバー」が口癖で思索を趣味とする安藤は、目視した人物に思い通りの言葉をしゃべらせる「腹話術」の能力に気づく。
過激な言説を弄し人気を博す野党党首・犬養を話題の的に国政選挙が迫る中、安藤は「腹話術」で何かをなせるのではと思索する。

05年文春8位


~感想~
純文学。それも個人的に大嫌いな純文学要素を全部乗せしたような作品で、読書好きを名乗る人に本作の評価を聞き、もし好きだと言われればもう以後そいつの評価は一切聞く必要が無いと断定して構わないと思うほど、肌に合わなかった。
「ゴールデンスランバー」は歴代でベスト20に挙げるほど高評価しているが、もしこれが初めて読んだ伊坂作品ならば間違いなく作者が嫌いになったことだろう。(陽気なギャングが…? クッ頭が痛い…)
文庫版の解説では(自分はフェミニストだと予防線を張ってから言うが)典型的な「女の解説」で死ぬほどネタバレされており、そもそもミステリでも無いのだからいちいち断る必要はないだろうが念のため↓以下ネタバレ注意

何が嫌かってまずはもう本当に何も起こらないところだ。
「魔王」と「呼吸」の前後編のように分かれているが、どちらも物語のプロローグ部分で幕を閉じてしまう。
「魔王」は現在ならば模範的な意識高い系に分類されるだろう主人公が「考えろ考えろ」と繰り返し言いながら、結局は考えなしに行動した末に宮沢賢治にうっとりしながら野垂れ死ぬ、という全く意味不明の前衛芸術さながらの展開。
「呼吸」はバカップルがいちゃいちゃし続け、ようやく不穏な空気が流れ面白くなりそうになったところで終幕。ありとあらゆる謎や展開に伏線、はては物語の結末までもがことごとく置き去りにされ、文庫版後書きでは「つづきはモダンタイムスで」とちゃっかり自著の宣伝までかます始末。

むせ返るほどの政治臭と説教臭さも尋常ではなく、民衆は絵に描いて判を押しJISマークを付けて出荷したように愚昧で凡俗。「魔王」で日本人を刺したアメリカ人のクソほど直截的な発言や、それに反発しマクドナルドや在日アメリカ人の家を燃やすクソほど短絡的で脊髄反射的な日本人などは(別の伊坂作品の感想で誰かが言っていたが)もはや作者の見ている世界と僕の知る世界ははたして同じなのかと疑いたくなる。
中心人物である犬養はただただ挑発的なだけで内容に具体性が乏しく、言ってることは政権を取る前の民主党と大差ないのも厳しい。
伊坂作品の魅力である伏線は足らず、安藤の簡易ギアスもただ数人で遊んだだけで、それに対するギアスを掛けられた側の反応もいちいち腑に落ちない。細かいあげつらいになるが特に満智子はあの発言をしておいて無反応なんてそんな馬鹿な話があるものか。

幸いなことに(?)このミスでは20位以下に沈んだが文春ランキングでは8位に輝いた本作、投票した連中を吊し上げそのミステリ観について小一時間問い詰めたくなるような、文庫版で355ページも付き合わされた挙句に何も起きず何も解決せず何もかも投げ出しただけの(あくまで個人的には)「読みやすい」以外に評価できる点の何一つとてない、これこそ「重力ピエロ」よりずっと「スタイリッシュ・ファミリー小説」と冠すべき、単なる雰囲気小説である。


15.10.9
評価:なし 0
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