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ミステリ感想-『僕の殺人』太田忠司

2021年05月29日 | ミステリ感想
~あらすじ~
山本裕司は幼い頃に母が父を植物状態にした上で自殺したという凄惨な事件で記憶を無くし、叔父一家の養子として引き取られた。
中学生に成長した彼の前に現れた、フリーライターを名乗る男は事件の真相は違うと言い、こう問いかける。
「山本裕司君。君はいったい誰なんだ?」

本格ベスト100 97位

~感想~
1987年の綾辻行人のデビューから始まったいわゆる「新本格ミステリ派」真っ只中の1990年にデビューしておきながら、不思議と新本格派として扱われることの少ない太田忠司のデビュー作。
そういえば2017年に新本格ミステリ30周年を記念して講談社ノベルスから出されたアンソロジー「7人の名探偵」に書き下ろした7人には新本格オリジナル・セブンという謎のパワーワードを冠されていたが、91年デビューの麻耶雄嵩が入る一方で、太田忠司や斎藤肇(88年デビュー)がハブられていた。二人ともその講談社ノベルスから新本格派の触れ込みで出版されたのに。

しかし本作は冒頭から「僕はこの事件の犠牲者であり、加害者であり、探偵であり、証人であり、またトリックでもあった」という趣向が明かされるザ・新本格ミステリと呼ぶほかない意欲作である。
シンプルでわかりやすい謎とストーリー、余計な表現のない筆致、中学生男子の葛藤と、直前に読んだ(自分史上最悪に近い読書体験だった)「屍者の帝国」との落差でもう読みやすいの面白いのなんのって。
トリックはもう一捻りあるかと思ったところでわりとそのまま着地してしまうし、話も一部曖昧になったまま純文学みたいな不透明決着を迎えてしまうが、一人四役+1の趣向は十全に満たしているし、読者の期待に過不足なく応えた佳作と言えるだろう。


21.5.25
評価:★★★ 6
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