大岡昇平全集9、10(筑摩書房)には「レイテ戦記」「ながい旅」などが収録されている。その10巻の632ページに、楢崎正彦の「回想」の一部が引用されている。「ながい旅」の主人公、岡田資の姿を思い出しているのだが。
ここで、私は、涙があふれてきた。
ここには三人の人間が交錯している。岡田資、楢崎正人、大岡昇平。交錯していると書いたが、それは交錯ではない。区別がつかない。それは確かに楢崎正人が書いたものだが、そのことばが動いたのは岡田資がいたからであり、岡田がいなければそのことばは存在しなかった。そして、大岡が岡田のことを書こうとしなければ、また、そのことばは楢崎と岡田のあいだだけで動いていた。それが、いま、私の前で動いている。
そして、そのことばのなかには「正直」だけがある。「正直」が「正直」に触れて、さらに「正直」になる。そのことに、私は、感動した。
それだけではない。
ああ、この本はもうすぐ終わるのだ、という思いも、私を突き動かした。(本なので、なとどれくらいページが残っているか、すぐわかる。)それは、ああ、もうすぐ大岡昇平が動かし続けた「正直」が、いったん完結するのだ、もっと読みたいのに……という「無念」の思いである。
それは、「回想」を書いた楢崎の思いにもつながると思う。楢崎は、「ああ、もう岡田の正直に直接触れることはできないのだ」と強く感じている。それは、楢崎の周囲にいた人々も同じである。
目の前で手錠をうけられ、一番端の部屋より挨拶をされて廊下をゆかれた。そして階段をおりつつ、閣下の大きなあの美しい唱題が廊下一杯に響きわたり、大扉のしまる迄相呼応して唱題の声がつづいた。(一部、表記変更)
「呼応」して、ひとつになる。ひとつになることのできる喜び。この瞬間、だれもが悲しいはずなのだけれど、その悲しみを超える喜びがある。ことばは、そういうことができる。「正直なことば」と言いなおしておく。
「あの美しい唱題」の「あの」ということばの強さ。私はその「あの」を直接知らないが、「あの岡田資、あの楢崎正人、あの大岡昇平」というふうに、その「あの」をつかいたい。そして「あの『ながい旅』」という具合にも。
ことばは、存在しなければならない。
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