詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

岩佐なを「飛行」、川上明日夫「空の遠慮」

2010-02-09 00:00:00 | 詩(雑誌・同人誌)
岩佐なを「飛行」、川上明日夫「空の遠慮」(「孔雀船」75、2010年01月15日発行)

 ことばを書くのではなく、ことばが「自由」に動いていく。そんなふうに感想が動いていけばどんなにいいだろうと思う。私は、これこれの「結論」が書きたいと思って書きはじめるわけでないが、どうしてもそこに「結論」めいたものが出てきてしまう。それはそれでいいのだろうけれど、そういう「結論」ではなく、ただことばが「自由」に動くというような状態にならないだろうか、と最近思うようになってきた。「結論」を壊して、ただ動く--そのときのことばの楽しさ。そういうものが書けないだろうか……。
 そんなことを思いながらこうしてことばを動かしている私には、岩佐なを「飛行」は、うらやましいかぎりの作品である。岩佐が何を狙って書いたか、まあ、そんなことは無視しての感想だけれど。
 「飛行」というのは、ビルの建築現場から飛び降り自殺する男を描写している。こんなことを書くと善良な読者からはひんしゅくを買いそうだが、なかほどのあたりがとてもおもしろい。

そのあと男はどうするか
サ、
サ、サカサマ。「マ」
マ、マチビト。「ト」
ト、トチュウゲシャ。(人生の)
途中芸者、チガウ。(ノルカソルカ)
町人、チガウ。(キタラズ)
坂様、チガウ。(ヨモツヒラ坂)

 最初の「サ、」は「さあ、どうする、さあ、さあ、さあ、さあ」の「さ」のようなものだろう。で、どうするか、と言われたってねえ。男は飛び降り自殺をするんでしょ? どうするも何もないよなあ。でも、ことばは何か言わなければならない。(ほんとう? ほんとうに何か言わないといけない?)で、「サ」につられて「サカサマ」。「サカサマ」に落ちるってこと? でも、そんなことはちょっと口に出しては言えないよね。言ってしまったけれど。うーん。あ、そうだ。「サ」、「サ、ねえ……。サカサマ、あ、でもこれは、しり取りだからね」「マ、マチビト」「ト、トチュウゲシャ」
 「途中下車、人生の? 自殺は、人生の途中下車?」
 あ、いやだね。「意味」は、どうしても「いやなもの」を呼び寄せてしまうね。
 途中下車ではなく、途中芸者。同じように、「町人」「坂様」。
 それは、もちろん「間違っている」(チガウ)のだけれど、この瞬間のことばの動きがいいなあ。とてもいいなあ。「町人」来らず。「待ち人、来らず」などと、ことばが勝手に動いていくところがいいなあ。
 ことばには、こんなふうに、「意味」にぶつかるたびに、「意味」にしばられることを嫌って、そこから逸脱していく力がある。「意味」へ向けて動いていくことばと同様に、「意味」から逸脱していく力がある。それが、自然に動いている。
 この部分は、とても好きだなあ。

 もちろん、この数行に対して、私は「別な意味」もつけくわえることができる。たとえば、もし自殺するひとのことばに、いま岩佐が書いているような運動をする力があれば、自殺するひとは「意味」の犠牲にならずに、生きていける。
 「意味」を破壊することば、ナンセンスの異議はそこにある、なんてね。

 あるいは、ことばの「自由」とは結局のところ、「引用」の自在さによる。ことばはすでに書かれてしまっている。語られてしまっている。書かれていないことば、語られていないことばなどない。「いま」「ここ」の「文脈」をどれだけ逸脱する形でことばを引用できるか--「自由」は、その能力のことである。
 「マチビト」から「町人」へ。そして、「町人」をチガウと否定したあと、「町人来らず」。「ちょうにん」じゃなくて「町人(まちびと)」来らず、「待ち人来らず」。「おみくじ」が引用される。日本語の地層の深いところから、ことばをひろいあげ、それによって「いま」を「注解する」。引用とは「注解する」ことだね--と書くと、またまた岡井隆にいってしまいそうなので、これ以上は書かない。
 --などと、書くこともできる。

 あるいはさらに、ここには「話しことば」と「書きことば」の不思議な出会いがある。「町人」は普通は「まちびと」とは読まない。「ちょうにん」である。けれど、その書きことば(書かれた文字)は「まちびと」は読んではいけないというわけでもないだろう。そういうふうに「読む」ことができる。書きことばは、口語(話しことば)よりも、自在に暴走することができる。それは「読み」を裏切って、新しい「読み」を生み出し、違ったものになっていく。そういう力がある。(あ、麻生元首相の「みぞゆう」は、これとは別問題ですよ。)
 書きことばは、暴走するのだ。
 --と感想を書き換えることもできる。
 岩佐のこの作品は「書かれている」(書きことばである)からこそ、こういうふうに暴走することができる。ひとと向き合って、口語として、あ、ビルの建築現場から自殺しようとするひとがいる、サ、サカサマ、マ、マチビト、ト、トチュウゲシャ、じゃなくて、途中芸者、まちびと来らず、坂様……と言ったとしたら(まあ、いっている意味が「口語」ではわからないかもしれないけれど)、どうしたって「不謹慎」という反応が返ってくるだろう。
 「口語」は、岩佐が、この作品で書いているような暴走はできないのである。

 で、それがどうした? と言われれば、どうもしない。ただ、私は、岩佐のこの作品について何か書こうとしたら、ついつい、そういうことを書いてしまった、というだけのことである。
 「結論」とは無縁な、こういうことばの運動を誘ってくれる作品が、私は、最近とても好きである。



 川上明日夫「空の遠慮」は、

すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないもの

 という1行で始まる。--と書くと、きっと、いやそうではない、という反論がどこからか(あらゆるところから?)返ってきそうである。
 川上の作品は行分け詩ではない。「散文詩」のような作品であり、「すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないもの」は1行ではない。そのことばは、改行なしに、次の行につづいているのである、と川上自身も反論するかもしれない。
 しかし、私は、その行を、連続したものではなく、1行、1行として読みたいのだ。

すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないもの
たちの隣りでは もう ひっそり 遠慮しながら飛んで
いました 羽根に朝のうつり香が濃い 春のひかりの一

 「すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないもの」はともかく、2行目の「たちの隣りでは もう ひっそり 遠慮しながら飛んで」を独立した1行とすると、「意味」が成り立たない--きっと多くのひとはそう考えると思う。
 だけれど(?)、といえばいいのかどうかわからないけれど、私は「意味」が成り立たないからこそ、そこに不思議な「美」を感じるのである。
 「たちの」は、それでは何なのか、という疑問が起きるかもしれないが、その「たちの」を「眼にみえないものたちの」ととらえなおしたところで、それ何? 何かわからない。わからないなら、わざわざ「たちの」ではわからないと反論(?)する「意味」がないではないか。だいたい、「すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないもの/たちの隣りでは もう ひっそり 遠慮しながら飛んで/いました」が改行がなくて、「すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないものたちの隣りでは もう ひっそり 遠慮しながら飛んでいました」と仮定してみても、この文章(?)の「意味」はわからない。「主語」が何かわからない。眼にみえないもの、そのとなりで「飛んでいました」って、何が? 眼にみえないものが何かもわからなければ、その隣で飛んでいるものも何かわからない。「主語」がない。
 そうであるなら、そこに「意味」を探るよりも、この改行がつくりだす、一瞬、はっと前の行にもどり、もう一度動きはじめることばの運動そのものを楽しんだらいいのではないか、と私は思うのだ。

すこし 草深い空の露にぬれながら 眼にみえないもの
たちの隣りでは もう ひっそり 遠慮しながら飛んで
いました 羽根に朝のうつり香が濃い 春のひかりの一
服です あけやらぬ人生の 空の野原では さっきから

 「春のひかりの一」が改行をへて、そのあと「一服」にもどるときの、不思議な感じ。話しことばにはない、独特のリズム、「意味」の破壊が、そこにはある。そして、それが楽しいのだ。
 川上のこの作品のことばも、書かれることによって、暴走しているのだ。
 だから、ほら。

空の野原では

 どう読みます? 「そらののはらでは」「くうののはらでは」、それとも「からののはらでは」? 話しことばで聞けばつまずく部分だけれど、「書きことば」を読むかぎり、そこではつまずかない。どう読んでいいかわからないまま、かってに、意識が飛んでしまう。暴走どころではなく、ぶっ飛んで、どこかへ行ってしまう。
 あ、いいなあ。楽しいなあ、このスピード。
 --というようなことを思いながら、私は詩を読んでいる。





鏡ノ場
岩佐 なを
思潮社

このアイテムの詳細を見る


夕陽魂
川上 明日夫
思潮社

このアイテムの詳細を見る

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「インビクタス/負けざる者... | トップ | ジョン・スタージェス監督「... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

詩(雑誌・同人誌)」カテゴリの最新記事