佐藤文香「陽気」(「ふらんすどう通信」121 、2009年07月25日発行)
佐藤文香は宗左近俳句大賞を受賞した俳人である。その受賞作を私は知らないし、他の作品も知らない。たまたま「ふらんすどう通信」にのっている「陽気」という近作を読んだ。
冒頭の一句がとてもいい。
今はなかなかそういう売られ方をしないが、魚屋の店先に、砕いた氷があって、そのうえに魚が並んでいる。誰かが鯛を買っていったあと、その空白というか、鯛がいままでいた場所に、名残のように鱗が一枚落ちている。--そんな小さな風景は、ふつうは見えないかもしれない。そういうふつうは見えない風景を見てしまうのが初恋なのだと、ふと思ったのである。
初恋。恋にさらわれていったこころ。そのこころのかけらのように、いまここにある鱗。初恋だから、いつの日か、かけらと本体が入れ替わってしまうかもしれない。そういうことも、感じている作者。
あ、初恋は、ほんとうは初恋ではなく、初恋であってほしいと思う気持ちが呼び寄せる何かなのだ。--ほんとうの初恋のときは、それが「初」であるかどうかなど、わかりはしないのだから。「初」には、遠い、遠い、遠い、願いがこめられている。
もしかすると、「鱗」は、初恋以前の恋、この恋を「初恋」にするための、こころのかけらかもしれない。
この2句の、明るく、透明な、哀しい響きもとても気持ちがいい。
佐藤文香は宗左近俳句大賞を受賞した俳人である。その受賞作を私は知らないし、他の作品も知らない。たまたま「ふらんすどう通信」にのっている「陽気」という近作を読んだ。
冒頭の一句がとてもいい。
初恋や氷の中の鯛の鱗
今はなかなかそういう売られ方をしないが、魚屋の店先に、砕いた氷があって、そのうえに魚が並んでいる。誰かが鯛を買っていったあと、その空白というか、鯛がいままでいた場所に、名残のように鱗が一枚落ちている。--そんな小さな風景は、ふつうは見えないかもしれない。そういうふつうは見えない風景を見てしまうのが初恋なのだと、ふと思ったのである。
初恋。恋にさらわれていったこころ。そのこころのかけらのように、いまここにある鱗。初恋だから、いつの日か、かけらと本体が入れ替わってしまうかもしれない。そういうことも、感じている作者。
あ、初恋は、ほんとうは初恋ではなく、初恋であってほしいと思う気持ちが呼び寄せる何かなのだ。--ほんとうの初恋のときは、それが「初」であるかどうかなど、わかりはしないのだから。「初」には、遠い、遠い、遠い、願いがこめられている。
もしかすると、「鱗」は、初恋以前の恋、この恋を「初恋」にするための、こころのかけらかもしれない。
新しいかき氷機もまた機械
僕らのコンクリートの倉庫夏休み
この2句の、明るく、透明な、哀しい響きもとても気持ちがいい。
![]() | 句集 海藻漂本佐藤 文香ふらんす堂このアイテムの詳細を見る |