松岡政則『ちかしい喉』(2)(思潮社、07月15日発行)
松岡は、とてもいい耳をしているのだと思う。「山犬」には、きのう見たのと同じような、自然のというか、人間とは違ったリズムを生きるものの音が、しっかりと書かれている。
この、自分以外の生きるものの音を聞く耳は、人間に触れるとき、とても繊細になる。「名のるひと」を読んで、そう思った。全行。
「えくぼのようなものを残すひとだ」が印象的だが、「い。/り。」の2行がもっといい。句点「。」で、しっかりときって、音を確かめている。声に出して言ったわけではないだろうけれど、呼吸が、ぐっとことばを押さえている。こういう呼吸をそのまま文字にできるのは、耳がしっかりしているからだと思う。自分のだした声を聞きとる耳を持っているのだ。
私は音痴なので、自分の出している声を自分で聞きとるのが苦手だが、松岡は、きちんと自分の声を聞き取り、その呼吸、リズムに、思いを託すことができるひとである。
それは「名札は何かに抗う、/というのではなくただそこに、」という2回の読点「、」の動きにもあらわれている。
自分の声を聞いて、立ち止まり、確かめるようにしてことばを運ぶ。
声高に主張するわけではないのだが、松岡自身が彼の声をていねいに聞いているので、読んでいる私も、静かに、その声の奥にあるものへと誘われる。
こいう耳の持ち主だから、次の詩が美しく響く。「行方知れず」。
いい耳は、自分以外の、つまり他者の、ことばにならない声さえ聞きとることができるから、言うべきことと、言わないでおくべきことをしっかり区別するのだ。松岡がいわなくても、相手に聞こえる声があることを知っているのだ。
ことばは必ずしもすべてを言わなくていいのだ。言わない方が、強く強く、相手にとどくということもあるのだ。
ことばを超越して、耳で、会話する。奇妙な言い方になるが、松岡は耳で会話することができる人なのだと思った。
あ、いいなあ。最後の、読点「、」さえない「行方知れずになりたい」のくりかえし。ことばにならないからこそ、耳の中でこだまする。そのこだまだけがどこまでもどこまでも世界へひろがってゆく。「肉体」は、いま、ここに、取り残されて。
切ないなあ。けれど、うれしいなあ。矛盾が、美しい。
松岡は、とてもいい耳をしているのだと思う。「山犬」には、きのう見たのと同じような、自然のというか、人間とは違ったリズムを生きるものの音が、しっかりと書かれている。
薪をくべ、
また薪くべ、
いっしんに火を焚いている
燃えさかる火の穂が
こどもの顔を照らしているのがわかる
バキッ、
またバキッと薪が割け
そのたびに記憶の底面がずれた
この、自分以外の生きるものの音を聞く耳は、人間に触れるとき、とても繊細になる。「名のるひと」を読んで、そう思った。全行。
うすみどりの風が
街なかをわたるころ
近くのスーパーのレジに
背の高いひとが入った
躰のどこかに
えくぼのようなものを残すひとだ
何気に名札を見ると
<李>
とあった
い。
り。
どちらもいい音がする
名札は何かに抗う、
というのではなくただそこに、
あるがままに凛然と名のっているのだった
何ヶ月かして
その人をぱったり見かけなくなった
レジのあたりがなんだかうす暗い
悪い時代がきている
桃を買う。
「えくぼのようなものを残すひとだ」が印象的だが、「い。/り。」の2行がもっといい。句点「。」で、しっかりときって、音を確かめている。声に出して言ったわけではないだろうけれど、呼吸が、ぐっとことばを押さえている。こういう呼吸をそのまま文字にできるのは、耳がしっかりしているからだと思う。自分のだした声を聞きとる耳を持っているのだ。
私は音痴なので、自分の出している声を自分で聞きとるのが苦手だが、松岡は、きちんと自分の声を聞き取り、その呼吸、リズムに、思いを託すことができるひとである。
それは「名札は何かに抗う、/というのではなくただそこに、」という2回の読点「、」の動きにもあらわれている。
自分の声を聞いて、立ち止まり、確かめるようにしてことばを運ぶ。
声高に主張するわけではないのだが、松岡自身が彼の声をていねいに聞いているので、読んでいる私も、静かに、その声の奥にあるものへと誘われる。
こいう耳の持ち主だから、次の詩が美しく響く。「行方知れず」。
嫌がるあなたを
コンクリートの橋桁に圧しつけて
ハズカシイ、といわせたい
ぼくは何もいわない
絶対に。
わかっている
いえば青空が台無しになる
いい耳は、自分以外の、つまり他者の、ことばにならない声さえ聞きとることができるから、言うべきことと、言わないでおくべきことをしっかり区別するのだ。松岡がいわなくても、相手に聞こえる声があることを知っているのだ。
ことばは必ずしもすべてを言わなくていいのだ。言わない方が、強く強く、相手にとどくということもあるのだ。
ことばを超越して、耳で、会話する。奇妙な言い方になるが、松岡は耳で会話することができる人なのだと思った。
あなたに、ぼくの目は見えない
杉山の匂いだけがあなたの背後にひろがる
ぼくはぐしょ濡れた指先の無言からどろどろ溶けて
そのまま日向の行方知れずになりたい行方知れずになりたい
あ、いいなあ。最後の、読点「、」さえない「行方知れずになりたい」のくりかえし。ことばにならないからこそ、耳の中でこだまする。そのこだまだけがどこまでもどこまでも世界へひろがってゆく。「肉体」は、いま、ここに、取り残されて。
切ないなあ。けれど、うれしいなあ。矛盾が、美しい。
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