『旅人かへらず』のつづき。
九八
露にしめる
黒い石のひややかに
夏の夜明け
俳句のような世界。この3行も、とても絵画的だと思う。同時に、触覚も刺戟する。目に見えて、同時に手が触れてしまう。感覚の融合--その喜びがある。
一〇二
草の実の
ころがる
水たまりに
うつる
枯れ茎のまがり
淋しきひとの去る
2行目の「ころがる」がとても不思議だ。落ちている、を「ころがる」と書く。実際には動かないのだが、「ころがる」ということばによってそのとまっているはずの草の実が動きだす。過去から現在へ。あるいは現在から未来へ。そこに「時間」が生まれてくる。そして、その「時間」が「空間」を呼び込む。「時間」と「空間」はとけあい、ひとつになる。
「うつる」--その静止と、「ころがる」の対比。そこに越境してくる「まがり」。
すべてが自然に動いていく。動きながら、世界が広がる。
一〇四
八月の末にはもう
すすきの穂が山々に
銀髪をくしけづる
岩間から黄金にまがる
女郎花我が国土の道しるべ
故郷に旅人は急ぐ
「銀髪をくしけづる」は銀色に輝くすすきの描写だが、濁音、半濁音、もういちど出てくる濁音の感じが、秋風の、いろいろな温度の空気がまじっている感じにぴったりあう。(と、私の肌は思う。)
4行目の「岩間から黄金に」という音が、私にはとても美しく聞こえる。「い」という狭い母音から「あ」のつらなりによって、発声器官が解放され「おーごん」という「お」の深い音が静かに閉じていく感じが気持ちがいいのかもしれない。
また、「黄金にまがる」の「黄金」はきっと夕陽の色だろう。夕陽はまっすぐに進んでくる--と私は思っていたが、そうか、光にも「まがる」瞬間があるのか、となんだか驚いてしまう。
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