詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

萩野なつみ「うたかた」

2019-12-10 11:07:32 | 詩(雑誌・同人誌)
萩野なつみ「うたかた」(「ガーネット」89、2019年11月01日発行)

 萩野なつみ「うたかた」。「うたかた」ということばは聞いたことがある。しかし、私は、自分の口からそのことばを発したことはない。朗読や引用のことばとして聞いたことはあるが、現実のなかで、何かを指し示すことばとして聞いたこともない。知人の声を通して、現実にはなされるのを聞いたことがない。つまり、知識としては知っているが、肉体としてはそれをおぼえていない。
 どんなふうに萩野はつかうのか。

その爪に
いつかしのばせた海が
息絶える時の色を
おぼえていて

 この「おぼえている何か」が「うたかた」かもしれない。「うたかた」を先取りしてことばが動いているのだろう。有名な「よどみにうかぶうたかたの」と「海」は水という部分で重なるし、「かつきえ、かつむすび」(あるいは「かつむすび、かつきえ」だったか)は「息絶える」ということばともつながる。
 「おぼえている」というこことばが「肉体」を刺戟する。
 萩野は「うたかた」を「おぼえている」のだ。それが「爪」「海」「息絶える」「色」と交錯して、いまよみがえってこようとしている。

夏のぬけがらが
打ち明けそこねた夢のかたちで
もう遠いえりあしにからまる
うた、かた
あの日
残照にうずめるまなざしの角度で
いっしんに泳ぎきろうとした
微熱のあわい

 「肉体」は「えりあし」ということばで具体化される。「うたかた」は、そのあたりに「ある」ということだろう。「ぬけがら」とか「そこねた」ということばが、とてもおもしろい。
 そして、

うた、かた

 えっ? 「うたかた」ではなく「うた、かた」?
 でも、これでいい気がするのだ。
 私は「うたかた」を知らない。でも「うた」と「かた」ならよくわかる。「えりあし」あたりのちかくに「かた(肩)」はある。耳も近くにある。「うた」は耳に聞こえてきたのだろう。「うた(声)」はセックスへの誘いだったかもしれない。「うずめる」「いっしん」ということばが、そういうことを連想させる。
 そして「うた、かた」は「あわい」と言い直されて、ふたたび「うたかた」にもどる。この二連目の呼吸の変化はとても気持ちがいい。どんな「誤読」でも受け入れてくれそうな広がりがある。いいかえると、どんなセックスの妄想を投げ込もうと、そこには夏の一日、海辺で過ごした愛の情景が成り立つ。それは「うたかた」のように「あわい」。けれども、その情景のなかには「うた(声)」と「肩」という「事実/現実」がある。それを萩野は「おぼえている」。

間違いではないよといいながら
踏みしだく花野
いま
はぐれた唇から放たれたひかりは
いとしい名をかたどる

 「おぼえている」ことは、いつだって「間違い」であるはずがない。ひとはおぼえていたいことだけをおぼえる。そこには「欲望」というか「本能」というか、「正直」がある。それは「ことば」という形になろうとする。そうすることで「正直」をあらわそうとする。
 「うたかた」が「かつきえ、かつむすぶ」(かつむすび、かつきえる)ように、「はぐれていく」。「うた」と「かた」になる。でも、それは読点「、」を取り除けば、いつでも「うたかた」として萩野を漂いのなかへ巻き込んでしまう。「かたどる」という動詞が強くて美しい。「かつきえ、かつむすぶ」たびに、そこに「いとしい」ものがかたどられる。詩だから、それは「正直」を秘めた「名」になる。



*

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