金野孝子「米研ぎするずと」(「ミて」165、2023年12月31日発行)
金野孝子「米研ぎするずと」におもしろいことば(言い回し/表現)が出てくる。
米研ぎ 始めっと
たまぁに 昔ァ来るもんなァ
「昔が来る」。「ミて」発行者の新井高子も、この表現に注目したらしく、どういう感覚なのか電話で問い合わせところ
昔というのは、それを語ったときに自分の中におのずと入ってくるもので、他のお年寄りたちもこの言い方をしたのだという。
私は、こういう感覚が大好きなのだが、この表現に出会った瞬間、フアン・ルルフォの「ペドロ・パラモ」の一節を思い出した。レテリア神父が、生まれたばかりのミゲルを父親のペドロのつれて言ったときのこと(昔)を思い出している。こういう文章が出てくる。
Tenía muy presente el día que se lo había llevado, apenas nacido.
杉山晃・増田義郎の訳(岩波文庫)では、こうなっている。
まだうまれたばかりのミゲルをペドロ・パラモのところへ連れて行った日が、ついこのあいだのことのように思い出された。
「ついこのあいだのことのように」というのは「Tenía muy presente」にあたる。Tenía は「持っていた」(持ち続けていた)muy は「とても(強調)」presenteは「現在」である。直訳すれば、その日のことを「まるで現在のように(意識の中で)持ち続けていた」ということになろうか。これでは日本語としてなじまないので「ついこのあいだのことのように」と「現在」をと表現されているものを「過去」として言いなおしているのだが、何か、似ていないだろうか。
「昔」が「いま」として自分の中に入ってくる。「昔」が「いま」のまま、ずーっと自分のなかに存在し続けている。
違うけれど似ている。その感覚が交錯する瞬間。
すべての文学(詩)は、ある国語で書かれるのだが、それは「ある国語」というよりも、ひとりひとりの「ことば」。「ひとり語」。たとえば、金野語、あるいは新井語、フアン・ルルフォ語。それを理解するには、自分のことばを捨て、「ことば」がどんなふうに動いているかを直につかみとるしかない。そのとき、何かしら「人間に共通する動き」が見えてくる。
「昔が自分の中に入ってくる」「昔が昔にならず、いまのまま、自分の中に存在し続ける」。金野語にもルルフォ語にも「自分の中」ということばはないのだが、そして「入ってくる」と「存在し続ける(持ち続ける)」というのは違う動詞なのだが、人間の「肉体/意識」を媒介にすると、その瞬間に同じことが起きているのがわかる。
私は簡単に「同じこと」と書いたが、これが「同じ」であることを「証明する/論理的に言いなおす」のは、とても面倒だ。こういうことは、「証明する/論理的に言いなおす」よりも、ぱっとつかみ取るに限る。「直観」には、そういうことができる。
文学(詩)は、こういう直観を共有するための「装置」だろうなあ。
これは詩の感想というものではないかもしれないが、私がきょう考えたこと。そういう意味では、ある種の「感想」であると思う。
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