写真は同じくシナゴーグの内部です。ポン引きガイドは説明をしてくれますが英語なので殆ど分かりません。ただ1949年にこのシナゴーグが建立されたということだけは聞き取れました。前回紹介した1537年と時期的に一致します。すなわちレコンキスタにより追放されたユダヤ人たちのシナゴーグなのです。
シャバトで悔しい思いをしたのですが、マラケシュでは3日の滞在で最終日にこのシナゴーグの近くの観光があったのでその観光をから抜け出してもう一度出かけることにしました。ところが添乗員がこれを許しません。「駄目だ」と強い調子です。押し問答の末時間を厳しく制限されようやく許可が出ました。パック旅行のつらいところ。
急いで前回の同行者と出かけました。ところが前日の入口は入れたのですが、中の肝心のシナゴーグは開いていなく管理人のような人物が(前日とは違う)カギを開けてくれません。押し問答をしていると忽然と現れたポン引きガイド(注)が間に立ってとりなしてくれたのですが駄目です。そうこうしいるうちに団体の観光客が入ってきました。彼らには入口をあけて入れました。そのどさくさにまぎれて一緒になだれ込みました。入口の道路には警察がいました。どうやら我々二人は怪しまれたようです。前々回紹介したようにモロッコは他のイスラーム圏に比してユダヤ教徒には寛容ですが、2003年にカサブランカでは爆弾テロ事件があり33名死亡100名の負傷者が出ています。
写真はシナゴーグの内部です。
(注)
モロッコにはこのようなポン引きガイドが古くからいるようです。1939年に旅した山田吉彦の「モロッコ」(岩波新書)にはこのようなポン引きガイドとの交情が書かれていますし、最近では角田光代の「いつも旅のなか」(角川文庫)では以前紹介したトドラ渓谷(2008年11月17日)でのポン引きガイドが紹介されています。いずれも個性豊かなガイドです。