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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「ベラルーシ・ウクライナ・モルドヴァ」編 ヤルタ会談 リヴァーディア宮殿3

2012年07月16日 08時30分28秒 | ベラルーシ・ウクライナ・マルドヴァ

 

 会議の模様です。戦後の歴史に活躍するイギリスのイーデン、ソ連邦のモロトフなどがいるようです。(右下の英文の説明を拡大してご覧ください)


「ベラルーシ・ウクライナ・モルドヴァ」編 ヤルタ会談 リヴァーディア宮殿1

2012年07月16日 08時22分42秒 | ベラルーシ・ウクライナ・マルドヴァ

 

 日本とドイツの敗戦が確実になっていた第2次世界大戦の末期1945年2月4日~11日にかけてここクリミア半島のヤルタでソ連邦のスターリン、イギリスのチャーチル、アメリカ合州国のルーズヴェルトの3巨頭が会談しました。これが世界史上有名なヤルタ会談です。この会談で決められたことがその後の世界構造を定め現在に至るまで強い影響を及ぼしています。日本に直接関係のあることとしてはソ連の対日参戦、千島列島のソ連帰属などがあります。

 この会談はスターリンがまだ対独戦争で自国を離れなかったということとで米英首脳にソ連邦内での開催を申し入れ、かつルーズヴェルトが病身であったため暖かい保養地であるクリミア半島のヤルタが選ばれました。会談の場所は最後のロシア皇帝ニコライ2世の別荘として1911年に建てられたリヴァーディア宮殿でした。

 現在リヴァーディア宮殿は公開されていて1階はヤルタ会談の様子が再現されており2階はニコライ2世を中心とした皇帝一族関連の展示です。余談噺ですがロシア革命で退位を余儀なくされたニコライ2世はこのリヴァーディア宮殿に住むことを臨時政府に懇願したが認められませんでした。