熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

六月大歌舞伎・・・吉右衛門、そして、幸四郎父子の舞台

2006年06月10日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎座では、菊五郎と仁左衛門の他に、幸四郎と吉右衛門兄弟が重要な舞台を務めている。  
   これに、幸四郎の舞台に染五郎が加わって、父子の競演が華を添えている。

   中村吉右衛門の舞台は、自身が能の「藤戸」を素材にして構成した「昇龍哀別瀬戸内 藤戸」で、しっとりとした重厚な新作舞踊劇で、なき子を思う老婆藤波と豪快な漁夫の霊・悪龍を演じ舞う。
   厳島神社に奉納するために、松貫四の名によって創作した最初の作品で、限りなき母の愛を主題にした人間賛歌と反戦の歌舞伎で、佐々木三郎兵衛盛綱を演じる中村梅玉の凛とした助演に助けられて素晴らしい舞台となっている。
   宮島歌舞伎の時は、海上の鳥居を借景に舞台を設えられたようなので幻想的な素晴らしい公演だったと思うのだが、この歌舞伎座では、松羽目の所作事に変更されている。しかし、別な重厚さを感じさせて素晴らしい。
   吉右衛門の女形は、何となく何時も違和感を感じながら見ているのだが、この老母藤波は、実に品があって慈愛に満ちた母親を好演していて胸にしみる。

   昨年11月に演じた松貫四の「日向嶋景清」もそうだが、戦いが別れの原因と言う筋書きで、愛する人々を引き裂いて人々の幸福を奪う戦争の悲惨さを告発する反戦ドラマ。吉右衛門は、歌舞伎を通じて人間の尊厳を謳うメッセージを伝えようとしている。

   幸四郎と染五郎父子の息のあった公演は、「双蝶々曲輪日記の角力場」で、看板力士濡髪長五郎を幸四郎、素人あがりの力士放駒長吉を染五郎が演じて、その対象の妙が面白い。
   染五郎は、器用にも優男でしまらない山崎屋の若旦那をも演じているが、最近秀太郎とともに近松もので関西和事の芸を磨いているので実に上手い。
   最近では、この二役を、藤十郎、翫雀、愛之助などが演じているようだが、やはり、長五郎は、大阪の老舗のがしんたれ若旦那風でないとつとまらないのであろう。
   幸四郎の濡髪は、この舞台限りでは、非常に重厚な威厳と格調を感じさせる人物に仕立て上げており、どうも遜り過ぎて短気な放駒と対照的。
   主人筋の遊女身請けの助力を頼み込むためにと策して負けた弱みがあるが、そのために負けたのだと言いたくないが言ってしまった不甲斐なさと、激怒して抗弁する放駒、しまらない話であるがこのすれ違いの対話が面白い。

   長谷川伸作の「暗闇の丑松」は、長い間舞台化が進まなかったのも分かるくらいに、悲しくて暗い話である。
   料理人丑松が、女房お米(中村福助)の母親と同居の浪人を殺して逃亡するが、逃亡先で女郎おきよに身を落としていたお米に再会する。
   お米が、丑松が全幅の信頼を置く兄貴分四郎兵衛(市川段四郎)に犯され女郎に叩き売られたと話すが信じないので、悲観したお米は自害して果てる。
   事の次第を三吉(錦吾)から聞いて真相を知った丑松は、本所に帰り四郎兵衛の女房、そして、四郎兵衛を相生町の湯場で殺害する。

   いずれにしろ、何処かに男の意地らしきものを残しながら、どんどん深みに嵌って行って自滅して行く哀れな男を、幸四郎は真正面から受け止めて演じている。
   この舞台で、感動的であったのは、福助のおきよで、いくら説明しても自分より兄貴分の方を信じる丑松に愛想をつかして死を決意して丑松と対する最後の場面。丑松の飲んでいる酒を、お米は酌をして欲しいと言って飲んで、名残惜しそうに着替えの為にと言って部屋を出てゆく。
   一旦は障子を閉めて去るが、帰ってきて障子を半開きにして恨めしそうにじっと視点の定まらない悲しそうな表情で丑松を凝視しているが、丑松は気付かない。もうこの段階で、お米は、命を絶っておりこの世に居なくなった人になりきっていて、鬼気迫る福助の表情が堪らないほど悲しくて胸にこたえる。

   染五郎は、同僚の料理人仲間で、丑松が宿でおきよに会う前に、ひょんなことで部屋に入ってきて再会する役だが、父子競演と言うよりは一寸した父子共演と言った所。
   今月の染五郎は、「荒川の佐吉」の大工辰五郎と、「角力場」の山崎屋与五郎と放駒が秀一である。
   まだ、染五郎が10代の頃だが、ロンドンのジャパン・フェスティバル歌舞伎で、染五郎がハムレットとオフェリアを演じた素晴らしい舞台を観て感激してからずっと舞台を注視しているが、最近、随分役者として大きくなってきたと思っている。
   
   
   
   
   
   
    
   

   
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