セビリアの理髪師・・・ＭＥＴライブビューイング

　　　ＭＥＴライブビューイングの５回目は、ロッシーニの喜劇「セビリアの理髪師」で、とにかく、メロディが親しみ易くて美しく、それに、奇想天外などたばた劇であり、特に、今回は、バルトロが主役級に特進しての愉快な舞台なので存分に楽しませてくれた。
　　　この「セビリアの理髪師」は、ボーマルシェの三部作で、次の作品はモーツアルトの「フィガロの結婚」で、最後の作品は「罪ある母」で子供の話だと言う記憶がある。
　　　フランス革命の頃の作品で、徹底的に特権階級である貴族を風刺した作品であるが、どうにも締まらない伯爵達を平民の理髪師が同じ目線で対応し時にはコケにする話でパンチが利いていて面白い。
　　　この「セビリアの理髪師」は、アルマヴィーヴァ伯爵がセビリアの淑女ロジーナに恋焦がれるのをフィガロが手助けをして結びつけると言う話だが、ロジーナの後見人で彼女との結婚を望んでいる医師バルトロを出し抜くあの手この手の駆け引きや手練手管が面白い。

　　　そんなにして助けられて結婚したロジーナを疎遠にし、フィガロが伯爵夫人ロジーナの侍女スザンナと結婚しようとすると、初夜権を振りかざしてスザンナを口説くのだが、散散痛めつけられて詫びを入れて終わるのが「フィガロの結婚」。
　　　とにかく、このセビリアは、ロッシーニの諧謔とユーモア心が冴え渡っていて、何時観ても楽しい。
　　　ウィーン国立歌劇場、ロイヤル・オペラで夫々一回づつ楽しい舞台を鑑賞しているが、ルッジェロ・ライモンディとレオ・ヌッチのフィガロは覚えているが、他の配役など詳しいことを忘れてしまっている。
　　　最も最近観たのは、と言っても１０年以上も前だが、１９９５年小澤征爾指揮、新日本フィルの舞台で、フィガロがパオロ・コーニ、アルマヴィーヴァ伯爵がウイリアム・マラウッティ、ロジーナがルース・アン・スウェンソンで、エンツォ・ダーラのバルトロが愉快であった。

　　　今回のフィガロは、スエーデンのバリトン・ペーター・マッティで、大男の好男子で迫力抜群であり、それに愉快なキャラクターの所為か、とにかく、喜劇役者然として抜群の演技力を誇るバルトロのジョン・レイリーとの相性が良く、畳みかける様なテンポが実に心地よい。
　　　元気はつらつで、自由に勝手気ままに生きているフィガロも、年を取ればスザンナが気になる、自分は風と共に去りぬのバトラー型ではないと言っていたが、寒くて陰鬱なスエーデン生まれとは思えない。

　　　アルマヴィーヴァ伯爵のペルーのテノール・ファン・ディエゴ・フローレスはスラリとした二枚目で、２００２年に同じこの役でＭＥＴにデビューしており、東西きってのロッシーニ・テナーとかで、飲兵衛の兵士や音楽教師の扮装も堂に入っていて役作りも上手で、軽快で訴えかけるような歌唱が素晴らしい。

　　　ロジーナのアメリカのメゾ・ソプラノ・ジョイス・ディドナートは、中々色気のある淑女で多少おねえさんながら初々しさを醸し出して伯爵を煽るあたり実に上手いし、それに、温かくて美しい声が爽やかである。
　　　沢山歌手がロジーナを歌っているが、気にせずに自分の歌を歌いきるのだと語っていた。

　　　良く肥えてビアダルポルカのような大男のアメリカのバスバリトンのジョン・レイリーのバルトロは演技力が秀逸で、とにかく、ロジーナをブロックする為にあの手この手の策を凝らして防戦するのだが、映像のお陰で表情がクローズアップするので、益々聴衆を引き込む。
　　　音楽教師のバジーリオの凄いバスなど他の脇役も適役で、メットの観客は総立ちでスタンディングオベーションを贈っていたのが印象的であった。

　　　私が最初に観たローシーニのオペラは、ミラノスカラ座で、もう３０年以上も前に、初めてヨーロッパ旅行をした時で、クラウディオ・アバード指揮の「アルジェのイタリア女」であった。
　　　ムスターファがパオロ・モンタルソロ、イサベラがルチア・バレンチーニ・テラーニ、リンドロがウゴ・ベネーリなどと言った配役だったが、その後、ベルリンで「ウイエイアム・テル」、ロイヤルで「ランスへの旅」と「セミラーミデ」、数年前にミラノで「チェネレントーラ」を観ており、ヴェルディと共に好きな作曲家であるのだが、それより忘れられないのは、あっちこっちで食べた美味しいロッシーニ風ステーキの味である。
　　　
（追）写真は、アルマヴィーヴァ伯爵のファン・ディエゴ・フローレス（ＭＥＴのホームページから）