毎年、千葉ニュータウンで、千葉県とUR都市機構が共催で開いている「東京⇔成田SKYGATEシティフォーラム」で、斎藤精一郎氏が、「日本経済・活性化の条件」と言う演題の講演を行った。
地域再生と企業の経営革新と言うサブタイトルで、成長途上の千葉ニュータウンへの企業誘致と言う位置づけだが、そのことはともかく、以前は殆ど千葉の田舎であったこの地域が、年々、見違えるように開発発展していることは確かで、全くの農業地帯であったから、原野を切り開いて、白紙の上に都市計画を描いて開発したようなもので、総てが新しく、新興都市が忽然と現れたようなものである。
私が千葉に移り住んだのは、もう30年も前の話だが、このあたりには、一度古寺めぐりで訪れたことがあるのだが、当時は完全に農業地帯で、狸が走っていたし、今でも、京成の沿線からこの千葉ニュータウンに向かう間の農村地帯には、そんな古い農村風景が残っているのだが、それに隣接して忽然と近代的な都市空間が表れて、大学や研究施設は勿論、ハイテクなどの先端産業などの企業や、家電・ホームセンターなどの巨大な量販店やスポーツ施設等が軒を並べており、びっくりする。
新車両導入で「成田スカイアクセス」が開通したので、益々、勢い付いていると言う感じだが、やはり、まだ住人が少なくて、本格的な都市化成熟化には時間がかかるであろうと思われる。
さて、斎藤先生の講演の論点だが、何故、日本が失われた20年で、一向に成長発展がなく鳴かず飛ばずの状態を続けているのかに始まって、日本の将来について、アジアなどの勢いのある新興国に海外投資をどんどん行って、金を儲けて、外国での利益には95%は無税になったのであるから、その金を持ち帰って、日本でR&Dやイノベーション活動に使って、企業を、頭脳を使って他国の追随を許さないような高度製造業にしない限り、日本の明日はないと言うことである。
日本の経済成長が止まったのは、冷戦の終結によって、新しい国が市場経済に参入して起こったグローバリゼーションが進展して、それまでのキャッチアップ型の経済産業構造が、全く変わってしまったにも拘わらず、この状態が継続すると考えて、相も変わらず同じシステムを、ずっと追い続けて来たことにあると言う。
社会主義国家のグローバル市場への参入については、織田信長の楽市楽座やペルシアの市場のように、市場経済は資本主義とは関係がなく、現在のグローバル経済は、マーケットで結びついているのであるから、グローバル市場の動向を正しく把握して、それに対処しない限り、企業は競争に勝てない。どうすれば競争に勝ち抜くことが出来るのか、競争力の涵養と競争戦略なき国家にも企業にも、明日はないと言うのである。
まず、生産の面から考えれば、要素価格平準化の原理から、生産コストの安い新興国に生産拠点が移動して空洞化するのは当然で、また、需要面でも、人口が激減して少子高齢化する先進国では多くを望めず、爆発的な需要拡大が期待できる新興国に期待するのが当然であろう。
アジアなどの新興国の、BOP(ボトム・オブ・ピラミッド 最貧困層)や、巨大な新興中間層(ボリューム・ゾーン)をターゲットにした企業戦略を取るためには、海外に積極的に直接投資して工場進出することで、その場合にも、従来の製品ではなく、ローカル市場のニーズにマッチした製品を開発することで、日本がキャッチアップ過程で進めて来た戦略戦術を上手く活用して、ローカルニーズが未成熟な点を見越して仕様や質を落としたミドルやローエンド・イノベーションを起こして、利益の源泉を新興国に移せと言うのである。
逆に、日本では、R&Dやイノベーション戦略に比重を移して、頭脳・知識集約型の高度製造業に特化してハイエンド、スーパーハイエンドの製造業を目指すべきだと言うのである。
すなわち、企業にとって、これからは、ポートフォリオ戦略が重要であって、ローエンド、ハイエンドの製品の棲み分けによって、経営戦略を組みなおせと言うのである。
仰ることは至極ご尤もであり、同じことは、これまで、何度もこのブログで繰り返してきたことだが、この方向転換は、日本企業にとって最も難しいことで、少しずつ脱皮しつつはあるが、ニーズの喧しい巨大な日本市場に恵まれて、それを死守するために外資参入を頑なに拒否し続けて、また、徹底的に自前主義でブラックボックス政策を金科玉条のように守り続けて、ICT革命の時代にも拘わらず、知財戦略優先で企業のオープン化、オープンイノベーションには殆ど無関心であり、ドラッカーが言っていたように、世界で最もグローバル化に遅れている日本の古い頭の経営には、無理なのである。
それに、日本の技術者の常として、技術の深掘り、すなわち、持続的イノベーションには熱心だが、広範な知識集約のクリエイティブな破壊的イノベーションに不得手な日本企業には、日本の顧客満足が精一杯でありながらそれも不満足であり、企業風土や経営風土、徹底的に日本人である経営者や従業員のものの考え方を、根本的に改革しない限り、異文化異文明のグローバル市場の顧客満足やニーズ充足などは夢の夢であり、グローバル市場の攻略など極めて難しい事なのである。
韓国との違いは、国内市場の大きさで、国民の意識が、外を向いているか向いていないかの差で、その差は、天と地との差ほどもあり、外国留学生が激減して、海外勤務を拒否する社員が多くなった日本との差は益々開いて行く。
更に、斎藤戦略を進めるための要諦は、人の教育だが、問題山積の日本の教育については、次の機会に論じたいと思っている。
もう一つの論点は、斎藤先生は、再生したイギリスが、ウインブルドン現象で、金融中心のサービス産業化しすぎて失敗しており、やはり、工業・製造業が大切だとして、高度産業立国を説いたのだが、この論点は、現在の金融危機には多少の戸惑いを感じながらも、脱工業化、すなわち、ICT金融などサービス産業への脱皮以外に日本の活路はないと説く野口悠紀雄先生と対極にあるのだが、さて、どうであろうか。
ここでは、世界企業ランキングでは、上位に位置する製造業が、製造業立国を標榜する日本よりも、アメリカやイギリスの製造業の方が、多いと言うことを明記するだけにとどめて置きたい。
何を意味するのか、明確に問題点を指摘しているからである。
地域再生と企業の経営革新と言うサブタイトルで、成長途上の千葉ニュータウンへの企業誘致と言う位置づけだが、そのことはともかく、以前は殆ど千葉の田舎であったこの地域が、年々、見違えるように開発発展していることは確かで、全くの農業地帯であったから、原野を切り開いて、白紙の上に都市計画を描いて開発したようなもので、総てが新しく、新興都市が忽然と現れたようなものである。
私が千葉に移り住んだのは、もう30年も前の話だが、このあたりには、一度古寺めぐりで訪れたことがあるのだが、当時は完全に農業地帯で、狸が走っていたし、今でも、京成の沿線からこの千葉ニュータウンに向かう間の農村地帯には、そんな古い農村風景が残っているのだが、それに隣接して忽然と近代的な都市空間が表れて、大学や研究施設は勿論、ハイテクなどの先端産業などの企業や、家電・ホームセンターなどの巨大な量販店やスポーツ施設等が軒を並べており、びっくりする。
新車両導入で「成田スカイアクセス」が開通したので、益々、勢い付いていると言う感じだが、やはり、まだ住人が少なくて、本格的な都市化成熟化には時間がかかるであろうと思われる。
さて、斎藤先生の講演の論点だが、何故、日本が失われた20年で、一向に成長発展がなく鳴かず飛ばずの状態を続けているのかに始まって、日本の将来について、アジアなどの勢いのある新興国に海外投資をどんどん行って、金を儲けて、外国での利益には95%は無税になったのであるから、その金を持ち帰って、日本でR&Dやイノベーション活動に使って、企業を、頭脳を使って他国の追随を許さないような高度製造業にしない限り、日本の明日はないと言うことである。
日本の経済成長が止まったのは、冷戦の終結によって、新しい国が市場経済に参入して起こったグローバリゼーションが進展して、それまでのキャッチアップ型の経済産業構造が、全く変わってしまったにも拘わらず、この状態が継続すると考えて、相も変わらず同じシステムを、ずっと追い続けて来たことにあると言う。
社会主義国家のグローバル市場への参入については、織田信長の楽市楽座やペルシアの市場のように、市場経済は資本主義とは関係がなく、現在のグローバル経済は、マーケットで結びついているのであるから、グローバル市場の動向を正しく把握して、それに対処しない限り、企業は競争に勝てない。どうすれば競争に勝ち抜くことが出来るのか、競争力の涵養と競争戦略なき国家にも企業にも、明日はないと言うのである。
まず、生産の面から考えれば、要素価格平準化の原理から、生産コストの安い新興国に生産拠点が移動して空洞化するのは当然で、また、需要面でも、人口が激減して少子高齢化する先進国では多くを望めず、爆発的な需要拡大が期待できる新興国に期待するのが当然であろう。
アジアなどの新興国の、BOP(ボトム・オブ・ピラミッド 最貧困層)や、巨大な新興中間層(ボリューム・ゾーン)をターゲットにした企業戦略を取るためには、海外に積極的に直接投資して工場進出することで、その場合にも、従来の製品ではなく、ローカル市場のニーズにマッチした製品を開発することで、日本がキャッチアップ過程で進めて来た戦略戦術を上手く活用して、ローカルニーズが未成熟な点を見越して仕様や質を落としたミドルやローエンド・イノベーションを起こして、利益の源泉を新興国に移せと言うのである。
逆に、日本では、R&Dやイノベーション戦略に比重を移して、頭脳・知識集約型の高度製造業に特化してハイエンド、スーパーハイエンドの製造業を目指すべきだと言うのである。
すなわち、企業にとって、これからは、ポートフォリオ戦略が重要であって、ローエンド、ハイエンドの製品の棲み分けによって、経営戦略を組みなおせと言うのである。
仰ることは至極ご尤もであり、同じことは、これまで、何度もこのブログで繰り返してきたことだが、この方向転換は、日本企業にとって最も難しいことで、少しずつ脱皮しつつはあるが、ニーズの喧しい巨大な日本市場に恵まれて、それを死守するために外資参入を頑なに拒否し続けて、また、徹底的に自前主義でブラックボックス政策を金科玉条のように守り続けて、ICT革命の時代にも拘わらず、知財戦略優先で企業のオープン化、オープンイノベーションには殆ど無関心であり、ドラッカーが言っていたように、世界で最もグローバル化に遅れている日本の古い頭の経営には、無理なのである。
それに、日本の技術者の常として、技術の深掘り、すなわち、持続的イノベーションには熱心だが、広範な知識集約のクリエイティブな破壊的イノベーションに不得手な日本企業には、日本の顧客満足が精一杯でありながらそれも不満足であり、企業風土や経営風土、徹底的に日本人である経営者や従業員のものの考え方を、根本的に改革しない限り、異文化異文明のグローバル市場の顧客満足やニーズ充足などは夢の夢であり、グローバル市場の攻略など極めて難しい事なのである。
韓国との違いは、国内市場の大きさで、国民の意識が、外を向いているか向いていないかの差で、その差は、天と地との差ほどもあり、外国留学生が激減して、海外勤務を拒否する社員が多くなった日本との差は益々開いて行く。
更に、斎藤戦略を進めるための要諦は、人の教育だが、問題山積の日本の教育については、次の機会に論じたいと思っている。
もう一つの論点は、斎藤先生は、再生したイギリスが、ウインブルドン現象で、金融中心のサービス産業化しすぎて失敗しており、やはり、工業・製造業が大切だとして、高度産業立国を説いたのだが、この論点は、現在の金融危機には多少の戸惑いを感じながらも、脱工業化、すなわち、ICT金融などサービス産業への脱皮以外に日本の活路はないと説く野口悠紀雄先生と対極にあるのだが、さて、どうであろうか。
ここでは、世界企業ランキングでは、上位に位置する製造業が、製造業立国を標榜する日本よりも、アメリカやイギリスの製造業の方が、多いと言うことを明記するだけにとどめて置きたい。
何を意味するのか、明確に問題点を指摘しているからである。