熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

インド・ウエイとイノベーション

2011年12月28日 | イノベーションと経営
   先日、早稲田大学で、「The India Way『インド・ウェイ 飛躍の経営』出版記念シンポジウム」が開かれたので出かけた。
   著者たちがウォートン・スクールの教授たちなので、案内は、ウォートンの同窓会から来たのだが、著者の内ジテンドラ・シン教授とハビール・シン教授が来日し、ジテンドラが、躍進するインド経済を説明し、ハビールが、著書のインディア・ウェイについて説明し、如何に、支配的なアメリカ経営にたいしてインド経営が、新しいマネジメントの潮流を生み出して、インド企業の成長戦略を創出しつつあるかについて語った。
   Nomura Research Institute India 中島久雄社長や早稲田大学アジア・サービス・ビジネス研究所長太田正孝教授が加わっての講演やパネル・ディスカッションがあったのだが、この本のブック・レビューは、後日に譲るとして、私なりに、今、脚光を浴びているリバース・イノベーションや、プラハラードのネクスト・マーケットにおけるBOP市場の台頭の核となっている新興国発のイノベーションについて、インド・ウェイと絡ませて考えてみたいと思っている。

   新興国で最貧困層の消費者をターゲットとした商品やサービスが生まれていると最初に指摘したのは、プラハラード教授の「ネクスト・マーケット The Fortune at the Bottom of the Pyramid」で、ここでは、ファベーラの住民相手に信用販売の新手法を打ち出して成功したブラジルのカサスバイアや住環境を改善するために貯蓄プログラムを編み出して大躍進したメキシコのセメックスや、ベルーやニカラグアの企業の例もあるが、格安で万能の義足を作ったジャイプル・フットや、失明を根絶する革新的な眼科手術システムを構築したアラビンド・アイ・ホスピタルなど大半のケースはインド企業のイノベーションであった。
   正に、新興国でなければ生み出せない革新的なブルー・オーシャン市場を開拓した、所謂、クリステンセンの破壊的イノベーションなのだが、この段階では、まだ、新興国の最貧困層相手の市場がターゲットであったが、今日では、アラビンド・アイのケースなどは、ハーバードの医学生ほか世界中から研修生が集まって来ると言うデファクト・スタンダードとなったり、このプラハラードのケースでも国際商品となるなど、リバース・イノベーション(逆イノベーション、本来、イノベーションは先進国発だが、これは逆)の様相を呈し始めている。

   リバース・イノベーションは、Harvard Business Review October 2009に、GEのJeffrey R. Immelt CEO, Vijay Govindarajan, Chris Trimbleが、”How GE Is Disrupting Itself”を発表して、インドで開発した1000ドルの携帯型心電計(ECG)MAC400や、中国で開発した1万5000ドルのコンパクト超音波診断装置(ラップトップPCを使用した安価な携帯型)を例として挙げて、「GEが、リバース・イノベーションをマスター出来なければ、新興国の巨人に会社を破壊されてしまう」と危機意識に駆られた論文で、一躍脚光を浴びることになった。
   心電計のMAC800などは、アメリカの医療機関の大半が使っていると言うほどの革新的な製品で、今や、GEのインドの研究所など新製品開発部隊は、米国に匹敵すると言う規模であり、GEのリバース・イノベーションに対する意気込みの凄さが分かる。

   リーバス・イノベーションについては、ヴィジャイ・ゴヴィンダラジャン教授の次の発展段階説で良く分かる。
第一段階:Globalization   
第二段階:Glocalization adapting global offerings
to meet local needs
第三段階:Local Innovation in country, for country
第四段階:Reverse Innovation in country, for world
   先進国の製品がグローバル市場に伝播するのがグローバリゼーションで、次は、ローカル・ニーズに合わせて先進国の製品を改良して提供するのがグローカリゼーションで、最後のリーバス・イノベーションの段階では、まず、ローカル・ニーズに合わせて新興国で開発され、その製品の質が向上して世界標準となって、グローバル市場に供給されると言うことである。

   ここで論じているBOP市場を目指した製品やサービスの開発、リバース・イノベーションの開発のためには、完全に新興国のローカル・スタッフに移管して任せてしまうなどと言った成功戦略が説かれているのだが、日本企業の対応を考えれば、大半の企業は、日本で生産ないし開発した製品やサービスをスペックダウンしたり材料や品質を落とすなどして廉価版にして、新興国や発展途上国市場をターゲットにしようとしているようだが、これは、ゴヴィンダラジャンが説くグローカリゼーションの段階であり、殆ど、話にもならない。
   論文で、財部誠一氏が、先のGEのイメルト論文を紹介してリバース・イノベーションの日本の成功例として中国のコマツの製品にすべてコンピュータが埋め込まれていて建設機械の一切の動向が東京で把握できるのだと書いていたが、これなどは、中国でスタートしたと言うだけであって、リバース・イノベーションが何たるかを全く分かっていない例であり、日本企業が、何でも自分たちでやらなければ気が済まないブラック・ボックスでテクノロジーやノウハウを囲い込む自社主義を経営戦略の要としている限りは、リバース・イノベーション戦略によるグローバル市場の攻略など無理であろう。

   ところで、インド・ウェイだが、一つの特質は、誰も注目しないところに創造的な優位性を見つけ出す国家的なビジネスリーダーの能力にあるとして、タタ・ナノを挙げる。
   アメリカの自動車メーカーと反対の方向に動いて、不可能と思われるような低価格帯でナノを速やかに売り出すために徹底的にデザインを創意工夫した。
   ガンジー的工学原則と言う「徹底した倹約と既存の知恵に挑戦する意欲」に基づく全く新しいデザインを工夫するとともに、組み立てと流通用のコンポーネントキットが地場産業に一緒に販売されて、地元の修理工場などの技師が車を組み立てる際のツールを提供するオープン・ディストリビューション・システムを採用して最廉価の車を生み出したのである。
   これこそ、新興市場のロー・エンドが持つ巨大な潜在力を探るために革新的モデルを開発する重要性を説いたBOPのプラハラード説に対する恰好の応えであろうと言うのである。
   先に述べたように、インド発のリバース・イノベーションは、日本人の製造業や技術者の発想や思想の埒外にあり、到底、現在の日本企業の新興国をターゲットにした経営戦略では、頭を根本から切り替えない限り、対抗不可能と言うことである。

   インド・ウェイで強調されていた、あるもので間に合わせる応急措置的な即興力と適応力のあるジュガードの精神や、資源や資力の乏しさを克服するための創造的な価値提案をせざるを得ない環境なども、インド人経営者に、イノベーションを強いる要因であろうが、いずれにしろ、このイノベーションを生み出す能力に秀でたインド人経営者の動向や彼らの創造しつつあるマネジメント手法には、注目する必要があると言うことである。




コメント (1)
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