熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

浜田宏一著「アベノミクスとTPPが創る日本」

2014年05月04日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   新聞や雑誌、TVなどのメディアを通じて、断片的な知識はあるのだが、一応系統だてて、安倍政府の考え方を知っておこうと思って、内閣官房参与の浜田宏一教授の本を読んだ。
   正直なところ、これだけ、安倍内閣の経済政策を、べた褒めと言うか、殆ど一点の曇りもなく強烈に提灯持ちをされると、例え正しいとしても、軽い嫌悪感さえ感じる。

   本書は、アベノミクスとTPPの二部構成になっていて、夫々、20問ずつに分けて、Q&A方式で、浜田教授の見解なり回答が記されている。
   まず、冒頭のまえがきで、「論より証拠」と、この言葉ほど、アベノミクスの成果をよく表す言葉はないとして、安倍総裁が就任すると、それまで十数年続いてきたデフレと円高に回復傾向が生まれ、株価が上昇し、円安が進んだと言う。
   アベノミクスの第一の矢「大胆な金融政策」で、一気に金融を緩和した結果、デフレと通貨高を解消した。そして、第三の矢「民間投資を喚起する成長戦略」が有効に働くためには、TPPへの参加が必要なのだと説く。

   金融緩和による景気の刺激を何故やれなかったのか。
   それは、「金融政策はデフレにもインフレにも効かない」とする世界の経済学の常識に反する「日銀流理論」故に、日銀が、金融政策をそのままにして、貨幣の量を拡大しなかったために、量の少ない円の価値が相対的に高まって円高になり、かつ、デフレを惹起したのであり、デフレ通貨高を導いた戦犯は、日銀だと言う。
   人口が減少したからデフレになったとか、インフレターゲットを実施すればハイパーインフレになるとかと言うのは、巷の戯言であって、須らく、デフレ不況の元凶は、金融を緩和して市場に円をばら撒かなかった日銀と、「増税すれば経済は成長する」と言った菅総理の狂気や「金融に訴えるのは非常識」と天動説を信じていた野田総理などの無能な政治家たちであり、その点、アベノミクスは世界的な経済学の常識であり、日本経済を成長軌道に乗せた安倍内閣と自民党が続く限り、日本経済は安泰だとまで、浜田教授は宣うのである。

   もう一つ、浜田説で気になったのは、財政政策に関する考え方である。
   日本経済に立て直しには金融政策だけでほぼ十分ではないだろうかという考えを持っており、財政政策は補助的なものと言っても良く、金融政策を全開で行うことによって、金融政策の重要性はさらに増すと言っている点である。
   アメリカ経済の再生に、財政出動が不十分だと論陣を張り続けているケインジアンのクルーグマンが、どう言うか、あるいは、バランスシート不況説で一世を風靡し、日本経済が大不況に陥らなかったのは政府の潤沢な財政出動のお蔭だと説き続けていたリチャード・クーが、どう言うか聞きたいところだが、ここまで、ケインジアン政策に対する軽視発言をすると、この本の中身まで疑問となる。

   私自身は、大学と大学院で経済学を学んだ程度の知識しかないので偉そうなことは言えないが、浜田教授の考え方は、マネタリストの経済学であろう。
   昔から、金融を操作するだけで、インフレをコントロールできるとか、景気の動向を左右し、さらに、経済成長をも促進できると言う考え方には、疑問を感じていて、そんなに簡単に経済を操作できるのなら、これまでのような大恐慌や不況など起こり得ない筈だと思っている。

   確かに、浜田説のように、もっと早く、日銀の金融政策ヨロシキを得て、賢明な経済政策を実施しておれば、こんなに長く深刻なデフレ不況に呻吟することはなかったであろうとは思っており、浜田説には、この点では、それほど違和感はない。
   しかし、私自身は、経済を健全化して成長発展に導くのは、金融政策や財政政策ではなくて、イノベーションによって引き起こされた産業革命的な経済の上昇トレンドであると思っている。
   金融政策や財政政策は、いわば、馬を水際まで連れて行くことはできるが、水を飲ませることは出来ず、本当に馬に水を飲ませ得るのは、経済を起動させ躍動させる産業革命であり、革新的な経済変革である筈である。

   アメリカ経済が、危機に瀕した時に、アメリカが、必死で検討したのは、アメリカ企業の国際競争力の強化策であって、MITが行った、「Made in America」、レスターの「競争力」、「MITチームの調査研究によるグローバル企業の成功戦略」などの一連のレポートを見れば分かるが、産業構造の変革やイノベーションを推進して経済を引っ張る企業の競争力強化などに重点を置いている。
   1969年の冷戦時代にアメリカで国防用コンピュータネットワーク構築を主目的に開発された「ARPANET」(アーパネット)が、民間に開放されたことによって、ICT革命が起動して、1990年代に、アメリカ経済は、一気に、成長軌道を驀進し始めた。
   成熟段階に入った筈のアメリカ経済が、起死回生出来るのは、経済そのものに、イノベーションを育む科学技術重視政策と起業化精神を涵養育成する若々しくて強力な土壌があるからである。

   従って、日本経済が、10数年間も、日銀の政策ミスで通貨高とデフレに苦しんで成長から見放されてきたのだと言う浜田説には、多少賛成はするものの、もっと根本的な問題は、20世紀の後半からICT革命とグローバリゼーションの拡大によって大きく変貌した歴史的な時代の大きな潮流に乗れなくて、旧態依然とした、ポンコツになってしまった政治経済社会構造を維持し続けてきたことによると思っている。
   ソニーの歴史を紐解けば分かると思うが、何故、世界に冠たる日本企業が、かくも無残にも、国際競争力を落として、新興国企業の後塵を拝さざるを得ないのか、一目瞭然である。

   アベノミクスについては、これ以上やりようがないと思っているので、賛成だが、第一の矢の金融政策と第二の矢の財政政策については、前述したように、あくまで、馬を水際まで連れて行く触媒作用しかないと思っているので、肝心なのは、第三の矢の成長戦略の如何が総てだと思っている。
   この本では、浜田教授は、1Q&Aだけで、「民間投資を喚起する成長戦略」で、規制・制度改革で、「好循環」を廻して行くと、お題目だけを唱えている。
   日銀を叩くのではなく、本来なら、この成長戦略について、日本経済をどうするのか、日本人はどうあるべきなのかを考えるべきであろう。

   私の経済発展論や経営戦略の要諦は、須らく、シュンペーターに拠っており、以前に、シュンペーターとケインズを総合したような経済学が生まれないだろうかと書いたことがある。
   イノベーションを生み出すべく企業家精神および起業家精神溢れる有能な人材を如何に育むか、教育科学文化重視政策が肝要であるが、今回の小保方晴子さんのSTAP細胞疑惑での不毛なメディアなどの報道や議論を思うと目も当てられないと思っている。
   問題の中心は、STAP細胞が真実かどうかであり、その検証である筈なのに、私生活や理研の内部に踏み込んでまで、末梢的な議論に終始して、STAP細胞そっちのけの惨めさである。
   これによって、正に成長戦略にとっては虎の子である日本の科学技術の振興や発展のためにプラスになれば良いのだが、文教科学行政や科学界にマイナスにならないことを祈っている。
   
  脱線気味なレビューになってしまったが、TPP問題については、日本の参入には賛成であり、自由貿易論者のバグワティ教授を、何故、それ程、持ち上げるのかは気にはなったが、それ程、浜田説には異論がないので、蛇足を避けたいので、これで止めたい。
コメント
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