熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

アレックス・ロス著「未来化する社会 世界72億人のパラダイムシフトが始まった」

2018年08月28日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本は、沢山出ている近未来の展望論の一書なのだが、ヒラリー・クリントンの元参謀として世界80万キロを行脚した未来学者と言うことで、現実的な経験と視野に立っての理論展開なので、その意味では、臨場感があって面白い。
   この類の本は、賞味期限が短くて、この本は、2015年なので、多少、時流から遅れている面はあり、他の未来学なり未来予測の展望とそれ程変わらないのだが、読んでみると、それなりに面白くて参考になる。
   翻訳本のタイトルは、「未来化する社会」となっているが、原書のタイトルは、「The Industries of the Future 」「未来の産業」であり、今後20年の経済と社会を変えて行くであろう、大きな流れの象徴でもある産業について書いており、ロボティックス、ライフサイエンス(ゲノミクス)、金のコード化、サイバーセキュリティ、ビッグデータと言う、これからの主要産業ごとに章を分けて、それらの産業の地政学的、文化的、世界的な面から、考察を加えて論じている。

   ロスのこの本で、類書と違う大きな特色は、最終章「未来の市場の地勢」での、80万キロの世界行脚によって得た貴重な知見の開陳で、特に、地政学的な展望なり、分析が、アフリカのイノベーションを無視しないなど、今日のグローバリゼーションの実際を垣間見せていて、興味深い。

   シリコンバレーが、ほぼすべての産業のスタートアップを引き寄せ、未来の産業がイノベーションの前途有望な培養地として隆盛を極めており、古代のローマのように世界帝国のキャピタルとして君臨し、周囲は属国みたいとなっていることは、周知の事実であろう。
   確かに、シリコンバレーのソフトウェアとアナリティクスの専門知識が産業界全体を飲み込み、巨大な集中化を引き起こしており、タクシー・サービスからフィンテック金融や農業さえ巻き込んでいる。
   しかし、この状態が継続して、新しいシリコンバレーが誕生しないのであろうか。
   ロスは、ビッグデータに関しては、他の産業を吸収したり乗っ取ったりするのではなく、現存するあらゆる産業の成長を後押しするような用途の広いツールの役割を果たすので、その市場が今後大きく成長すれば、昔からそこにある専門知識を活性化する起爆剤となるとして、
   ボストンがバイオテクノロジーの中心地として健康に関するデータ会社が集まり、テキサスではエネルギーアナリティクス会社が生まれ、ワシントンDC周辺には、法執行機関や情報機関の専門知識を基に、プライバシーや法医学に強い企業群が形成されるなど、傑出した企業が世界中に散らばる状態となり、ビッグデータの富の創造は、シリコンバレーに富が集中したインターネットの時とは、全く異なるものとなると述べている。

   さて、ケニアのモバイル送金サービスM-PESAは有名だが、ロスは、ルワンダ紛争で知られている世界最悪の紛争地帯で最貧国のコンゴのムグンガ難民基地を、2009年8月に訪れた時に、難民の14%が携帯電話を持ち平均3人が共用し、実質的には42%が携帯電話を利用して、金の送受など経済活動を行っているを見て驚いたと言う。以前は、村を襲撃された時に家族と音信不通となって困ったが、今では、何時でも仕事や食料探しに出られ、離れ離れになってもいつか会えるので、携帯電話は、何もなくても、必需品だと言うのである。
   また、80万人以上が大虐殺された悪夢覚めやらぬルワンダが、ハイテクを利用して大躍進をしている様子を、アメリカの小さな町のネットワークより上等な光ファイバーネットワークを敷設して全30地区1600キロに及ぶファイバーケーブルで結んでいて、ロスは、密林の中で、自分のスマホが生き返ったと書いている。
   その他、ビッグデータをアフリカ流に独自で開発するなどアフリカの新機軸について述べており、ロスは、アフリカで見聞きしたことから、シリコンバレーが、すべての優位にあった過去20年とは違い、未来の産業は、イノベーションの中心地も、富の創出場所も広く世界に分散されると信じていると言う。

   ロシアについては、外界に対するプーチンの強い疑念が、新しいアイデアを交換し創造的なプロジェクトを追求するオープンさを悉くシャットアウトし、イノベーションに繋がる文化を圧殺し、シリコンバレーの自由な気風と全く逆に、多くの統制の対象にしようとしており、未来は暗いと言う。
   ソ連の衛星国であったが、国をオープンにして勝ち組となったエストニアと、国を閉ざして全く進歩のない負け組のベラルーシの対比が面白く、ロスの先祖の故国である悩める境界国ウクライナのハイテク文化の描写も興味深い。
   余談ながら、私は、ソ連から独立直後に、ロンドンから経団連の北欧視察団に参加して、エストニアのタリンを訪問している。何でも見ようとひとりで裏町にも入って散策したが、当時は、貧しかったが、随所に北欧の名残の雰囲気が漂っていて文化と歴史を感じた。
   
   中国については、インターネット関連では、アメリカに大きく後れを取って、イノベーションや投資、商業化の中心となって富を創造する機会を逃したので、ゲノミクスやロボティクスやサイーバーなど未来の産業では、今度こそ自分たちが主役になろうと必死だと言う。
   インドは、民主主義国なので、中国のように中央指令によって製造業を強引に発展させることが出来ないため、その分、知識労働の分野が大きく伸びて、毎年150万人のエンジニアを養成しており、これはアメリカと中国を合わせたよりも多いと言う。
   インドは、エストニア方式を目指しているようだが、ネルーが高等教育に力を入れたように、モディ首相は、遅れている初等教育に力を注ぐべきだと言う。昔、インド大使として赴任した偉大な経済学者ガルブレイスが、インドの貧困問題の解決は教育からと言ったことを思い出す。
   
   日本については、政官財学、いずれにおいても、女性軽視で、女性の活用をミスっていて、その悪影響が、日本経済停滞の一因となっており、アフターファイブの飲み仲間からも排除されているなどと、実に真っ当な正論を吐いていて面白い。
   ロスは、全編を通じて、未来の産業の担い手は、すべからく、デジタルネイティブ世代、時流の風を読める若者であるべし、と強調している。
   アジアの多くの社会では、若者がいかにその国のイノベーションを加速するかに気づき始めているのだが、強固なヒエラルキーのある日本では、日経平均株価指数の企業のCEOの平均年齢は、62歳。
   尤も、殆どはレッド・オーシャン企業ばかりなのだが、これでは、お先真っ暗だと言わんばかりで興味深い。
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