熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ジョセフ・ナイ:ウクライナ戦争からの8つのレッスン Eight Lessons from the Ukraine War

2022年06月27日 | 政治・経済・社会
   プロジェクト・シンジケートのジョセフ・ナイ教授の次の論文を紹介したい。
   Jun 15, 2022 JOSEPH S. NYE, JR. Eight Lessons from the Ukraine War

   ロシアのウラジミールプーチンが2月24日にウクライナへの侵攻を命じた時、彼は1956年のブダペストと1968年のプラハでのソビエトの介入に類似したキーウの迅速な支配と政権交代を構想していた。と言う。
   初期の電撃作戦で、一気にキーウを制圧してゼレンスキーを退陣させて、ウクライナを支配できると考えて居たのである。
   しかし、絶大な権力を誇って冷戦時代を仕切っていた一方の旗頭の超大国で、多くの衛星国家を従えていた当時のソ連とは、経済弱小国に成り下がってしまった今日のロシアとでは、そのパワーは桁違いに違っており、プーチンの時代錯誤も甚だしい。
   初期の目論見とは様変わりで、戦争は5ヶ月目に入る膠着状態で、その先は全く見えない。

   ナイ教授は、世界が、このウクライナ戦争から学んでいる(または再学習している)少なくとも8つの教訓があると、次のように列挙している。

   第一に、核抑止は機能するが、それは能力よりも相対的な利害関係に依存している。西側は抑止されてきたが、それはある程度までである。プーチンの脅威により、西側政府は(装備ではないが)ウクライナに軍隊を派遣することができなくなった。この結果は、ロシアの優れた核能力を反映していない。むしろ、それはプーチンのウクライナを重要な国益として定義しているのと、西側のウクライナは重要であるもののそれほど重要ではない関心事だとの定義との間のギャップを反映している。
   第二に、経済的相互依存は、戦争の妨げとはなり得ない。貿易関係を断ち切ることはどちらの側にとっても費用がかかりすぎ、経済的相互依存は戦争のコストを上昇させる可能性があるが、経済的相互依存関係で連携していても、戦争をする。
   第三に、不均一な経済的相互依存の場合には、依存度の低い当事者によって、戦争の武器として利用される可能性はあるが、利害関係が対称的である場合には、相互依存にはほとんど効力がない。ロシアは戦争の資金をエネルギー輸出からの収入に依存しており、ヨーロッパはロシアのエネルギーに依存しすぎて完全に遮断できないのだが、これは、相互依存性はほぼ対称的であり、一方、金融の世界では、ロシアは西側の制裁に対してより脆弱であり、それは時間の経過とともにより傷つく可能性が高い。
   第四に、制裁は、攻撃者の戦争コストを引き上げることができるが、短期的には結果を決定できない。プーチンは、西側が制裁で団結を維持できる筈はない疑っていたきらいがあり、一方、中国の習近平は、ロシアとの「無制限」の友好関係を宣言したにもかかわらず、中国が米国の二次制裁に巻き込まれることへの懸念から、プーチンに限られた支援しか提供していない。
   第五に、情報戦は違いを生む。ロシアの軍事計画に関するアメリカの注意深い情報開示は、ヨーロッパでのプーチンの物語を「暴く前」に非常に効果的であることが証明され、予想通りに侵略が起こったとき、それは西側の連帯に大きく貢献した。
   第六に、ハードパワーとソフトパワーの両方が重要である。ハードパワーとソフトパワーを組み合わせるスマートパワーは有効であり、プーチンは、ウクライナでの残虐行為で、これを台無しにした。一方、ゼレンスキーは、彼の専門的に研ぎ澄まされた劇的なスキルを使用して、彼の国の魅力的な肖像画を提示し、同情だけでなく、ハードパワーに不可欠な軍事装備も確保した。
   第7に、サイバー機能は特効薬ではない。ロシアは2015年以来、サイバー兵器を使用してウクライナの電力網に介入したり、侵略の開始時に国のインフラストラクチャと政府に対するサイバー攻撃をしかけ、戦争中にも多くのサイバー攻撃を行ったが、より広範な結果を出せていない。一方、トレーニングと経験により、ウクライナのサイバー防御は向上し、戦争が始まると、動的兵器はサイバー兵器よりも優れた適時性、精度、およびダメージ評価を指揮官に提供した。
   最後に、最も重要な教訓は、最も古い教訓の1つでもあり、戦争は予測不可能であること。シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の第三幕第二場の台詞'Cry 'Havoc!' And Let Slip The Dogs Of War’を引用して、リーダーが、「戦闘開始! 戦場へ兵隊達を送り込め」と叫ぶのは危険だ。短い戦争の約束は危険なほど魅惑的だが、クリスマスに帰れるはずの第一次世界大戦が4年もかかり、2003年の朝飯前だと言っていたイラク侵攻は収拾に何年もかかった。

   ラストは、Now it is Putin who has let slip the dogs of war. They may yet turn on him.
   戦争を起したのはプーチンである。また、プーチンの頭がオンになるかも知れないと結んでいる。

   多少省略したが、以上が、ほぼナイ教授の論旨である。
   
   第二の、経済相互依存関係は、戦争回避の役に立たないと、「マクドナルドのある国同志は戦争しない」という理論を一蹴したのだが、ナイ教授は、 この教訓は、特に第一次世界大戦後、世界の主要な貿易相手国の間で広く認識されていたにも関わらず、元首相のゲアハルトシュレーダーなどのドイツの政策立案者には無視されて来たという。米国の反対を押し切って、ノルドストリーム2の開通寸前まで行くなど、ドイツには、ロシアのカントリーリスクに対しては、殆ど無視と言う信じられないような状態で、ロシア依存に埋没していたのである。
   ドイツ人とロシア人の人種的な軋轢は想像を絶するほど強いのだが、ドイツ人が行く行くは、ロシアを経済的に勢力圏へ取り込めると考えてロシアに対峙していたのではなかったかと思っている。

   もう一つ、ナイ教授が得意とするスマートパワーの指摘だが、プーチンのウクライナへの侵攻虐殺などは、ソフトパワーやスマートパワーの逆発露ではなく、暴虐の限りのバンダリズム以外の何ものでもない。
   ウクライナでは、ロシアからのサイバー攻撃を受け、ネットが利用できなくなる懸念から、イーロン・マスクのSpace X(スペースX)が構築した、人工衛星による通信網「スターリンク」を利用して、精巧なビデオメッセージを世界中に発信して、ソフトパワーを極めて有効に活用している。徹底的な情報統制をして国民を欺き続けて墓穴を掘りつつあるロシアとは、偉い違いである。
   弱小のウクライナが、ソフトパワーをフル回転させて民主主義自由主義の象徴として振る舞いながら西側先進国のハードパワーを糾合して、強国ロシアに対峙する有効なスマートパワーを構築して戦っている。
コメント
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