東武5000系列がさよなら運転を行って以来、早いもので4年少々の月日が経ってしまいましたが、その結果大手民鉄最後の本格的釣掛式電車となった名鉄6750系は、瀬戸線という他路線とは隔絶された環境で生息していたこともあってか、計20両があくまで主力の一端を担い続け、日々大名古屋の北東部に高らかな釣掛の音を響かせ続けて来ました(厳密に言えば、大手民鉄の釣掛式電車として近鉄内部・八王子線の特殊狭軌車両や事業用車両が残っていますが、都市の近郊輸送および都市間高速輸送を担うという大手民鉄本来の存在目的に則した高速電車として最後の釣掛式電車という意味で表題を付けさせて頂きました)。そもそも6750系の種車となった3850・3900形は、釣掛式電車として円熟した技術を搭載して昭和20年代の後半に登場し、本線系の特急として高速運転に邁進した車両ですので、余程の高加減速性能を要求しない限り支線区で運用する分には十分な性能であるということも、80年代後半~90年代における登場と今日までの活用につながってきたのでしょう。
しかし、3850形が登場して以来今年でちょうど60年! たとえ構造が相対的に簡単な釣掛式電車とはいえ、保守や部品の確保には手間がかかるでしょうし、何と言っても大都会のド真ん中から出発する電車が轟音を響かせ揺れまくる釣掛式であるという事実は、これほど全国的にVVVF車が増殖した中では余りにも一般客ウケしないことは否めないでしょう。そこで名鉄は周知の通り瀬戸線専用車として4000系を投入し、早いもので5編成が揃ったことで、6750系の命運もついに終焉を迎えることになりました……。都市近郊高速電車として釣掛が2010年代の今日まで残存したこと自体ある意味で奇跡的であるとは言え、もともと釣掛式電車への興味から鉄ヲタの道に進んだ私としても、ついに迫って来た別離はやはり寂しさを禁じ得ず、去る水曜日の関西出張ついで鉄は往路名古屋で途中下車しまして、6750系の最後の力走を味わって参りました。
とは言え恥ずかしながら、実は今週に入るまで「6750系がさよなら系統板を掲出して運行中である」という事実について、仕事疲れな日々が続いたためもあって完全にノーマークでして (滝汗)、現在名古屋圏ご在住でいつもお世話になっております「ぱれっと」様から画像を頂いて思わず目玉が飛び出そうになった次第 (^o^;;→ぱれっとさんのタイムリーなメールに超!多謝です!)。無くなることは明らかに分かっていたのですが、まさか残りあと約1ヶ月とは……。というわけで、当初出張ついでに別のところを訪問する予定であったのを急遽変更したのでした。それでも、廃車が進んで残り2編成となった6750系が確実に日中運用に入っている保証はなく、かなり内心ハラハラしながら大曽根経由で瀬戸線の客となったのでした。
まずは昼前に高架区間で待つことしばし……。早く来なければ栄町からの折り返しを順光で撮影出来なくなってしまう……と気を揉んでいたところ、栄町11:21着の準急でA1A2編成 (1986年に当初6650系として登場した2両固定・6000系顔・2段窓車のグループ) が登場!! 単に訪問が無駄足とならず嬉しさヒートアップ!というのみならず、これまで瀬戸線を訪れる度にA1A2編成は朝夕ラッシュ時のみの運用というのが定番でしたので (-_-;)、日中運用を撮影出来るなんて夢のよう……。そこで、側面の2段窓を強調するため広角気味なアングルを選び、ファインダーに最高に集中してHMを装着した雄姿を激写!! 嗚呼来て良かった……(*^^*)。
その後は尾張瀬戸から折り返して来たところを、絶対にかぶられない場所を選んで激写! 偶然上下どちらかの列車が遅れたため裏かぶりとなりましたが (汗)、背景のゴチャゴチャした民家が隠されて「ま、いっか♪」という感じです (^^;
そしてもう1回、尾張瀬戸行きを後追い順光撮影したのち、後続の列車で尾張瀬戸へ。準急栄町行きとしての走りを全区間堪能しました♪ 栄町行きは基本的に下り勾配につき、音を楽しむという点では尾張瀬戸行き (とくに尾張旭から先は勾配がキツくなり絶品……) に及ぶべくもありませんが、最後に乗ることが出来ただけでも幸せですし、大曽根前後ではダイナミックな走りに心打ち震え……。
残念ながら今回は、最初から6750系として登場した1段窓編成は尾張旭で昼寝中でしたが、何はさておき私なりに最後の活躍を見届けることができ感無量です。公式HPによりますと残りあと1ヶ月。かつて中学・高校生のころ名鉄AL車に心酔した私としましては、6750系があくまで無事故でその使命を全うし、名鉄AL車の偉大なる歴史に有終の美を添えることを心から願って止みません……。