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ミステリ感想-『ニッポン硬貨の謎』北村薫

2018年08月12日 | ミステリ感想
~あらすじ~
初来日を果たしたエラリー・クイーンは日本のミステリ関係者に熱烈な歓迎を受けた。
毎週土曜日に五十円玉二十枚を千円に両替する奇妙な客に悩む書店員の小町奈々子は、かねてからの疑問をエラリーにぶつける。
そして二人は幼児連続殺人に巻き込まれ……。

2005年このミス14位、文春9位、本ミス4位、本格ミステリ大賞(評論・研究部門)


~感想~
第一にガイジンから見た奇妙なニッポンを描き、実在人物の実際の来日経験を豊富に取り入れた愉快なパスティーシュ形式で幼児連続殺人事件という題材はどうかと思う。

それはともかくとして本作はエラリー・クイーンの未発表原稿を作者が訳したという設定であり、楽しむためには多くの前提条件が必要となる。
まず作中でヴァン・ダインの「カブト虫殺人事件」、「僧正殺人事件」。クイーンの「シャム双子の謎」、「緋文字」ら4作品のネタバレがあるため要注意。特に、本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受賞した「なぜシャム双子の謎には読者への挑戦状が無いのか?」という推論が語られるため、「シャム双子の謎」を読んでいることが望ましい。
この論自体は非常に面白いものだが、ただの推論に過ぎないのに「こんなことを考えつくなんてクイーン最高や!」と褒めそやすのはまだしも、それを受けたエラリー本人が「気付いたお前もすごいんやで(ニッコリ」とマッチポンプで事実認定した挙げ句に自画自賛してしまうのはやりすぎ。

ここが本作最大のネックで、作者への好感度が作品そのものへの評価と密接に絡んでしまい、自分のように「空飛ぶ馬」が全く口に合わず「夜の蝉」以来一冊も北村作品を読んでおらず、アンソロジーで短編を読むたびに相性の悪さを再確認してきた身には、作中で何度となく「実に調子のいい文句ですねえ」とか自画自賛を繰り返し、最後の最後には「このあたりは、後期クイーン流の天空を飛翔する論理であろう。わたしには、それがとても面白い」などと悦に入るのを見せられると凍えるような寒気を感じてしまう。
何かと言えば聞いたこともない文学作品の引用をドヤ顔で連発する美しすぎる書店員もあれ若竹七海だしな。

そして「天空を飛翔する、とても面白い」と絶賛するトリックや動機・手掛かりを、クイーンのパスティーシュという外枠を取っ払い、ただそれだけを取り出して見てみるならば、これはもう疑いようもなくゴ…駄作である。
それこそ法月綸太郎が「ノックス・マシン」でこのミス1位を射止めた際のインタビューで「マニアが内輪で喜ぶような内容だし、胸を張って「さあ皆さん、面白いですよ!」とアピールするのは気が引ける」と言っているのと同様の、ただマニアを喜ばせるだけの代物であり、単なる一ミステリとして評価できるものではない。

つまり本作を楽しむためには
1.ネタバレされる作品を読んでおり
2.エラリー・クイーンと北村薫に好感を持ち
3.パスティーシュ形式を受け入れ
4.自画自賛の嵐も笑って受け流せる
という前提条件が必要であり、ただの一つも該当しない自分は楽しめる素養がそもそも皆無であり「嫌いな作家が知らない作家のパロディを書き、さんざんネタバレされた挙げ句に流石俺やったぜ俺と自画自賛される生き地獄」を味わったのである。

そりゃあクイーンや北村薫すら読んでないくせにマニア面している自分に全面的に非はあるのだが、それにしてもいわゆる本格ミステリの悪い部分ばかりが目につく作品で、かの「ノックス・マシン」がこのミス1位を獲り書店に山積みされ、多くの普段は本格ミステリに接することのない読者があれを読み、そして本格ミステリから興味を失ってしまったのだろうと思うが、本作はまさしくその同類ではなかろうか。


18.8.10
評価:なし 0
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